義理の姉と暮らす。 ✥日曜日更新

@wkuht

プロローグ

 二十一歳の兄、高校卒業して地元の工場で働き始めた兄。二十一歳まで彼女が居ることを一切明かすことなく過ごしていた兄は結婚一ヶ月前にようやく妹の朋美に紹介した。彼女は高校の教師で兄の恋人だった。今も兄の居た高校で働いていて、朋美の英語教師だ。年の差十一歳の関係。教師と生徒の関係。彼女は当時、まだ二十九歳だった。出会ったのは彼女がまだ教育実習生だった頃、ふたりは立場を弁えた関係を続けていたが、幼い頃から親を早くに亡くして祖父母の家庭で育った兄はまるで姉のように慕える秋穂の存在が何よりも心の支えだった。秋穂もまた兄の存在を弟のように思えていたらしいが、どちらが先かを一切言わなかったが、きっと兄からなのだろうと思っていた。精神的に少し大人びていたが何処か心のなかで壊れてしまうのではないかと心配していた。兄は年齢よりもずっと大人びた性格をしていた。高校卒業したら就職をする話しをずっとしていたし、地元の工業系の工場に就職するのを目指していた。だからまさか教師と秘密の関係になるとは思わなかった。昔から秘密主義だった。交友関係も朋美には何も明かすことなく、当時から交際していた秋穂の存在も何も明らかにせず、表に出さず、学校にも家族にも秘密にしていた兄。それほどまでに護りたい相手なのだと思った。

 でも、就職して二十一歳の年。兄は交通事故で死んだ。

 バイクで通勤していた兄に対向車線からはみ出した乗用車が兄と衝突した。車の下敷きになり、即死だった。その日は雨が降っていた。雨に濡れながらアスファルトで冷たくなりながら血を流す兄の姿を想像した。

 相手の男性はスーツを着て通夜に訪れたが朋美は追い返した。

 兄と同じ二十一歳の男性だった。彼は拒絶した時、後悔に押しつぶされ今にも死にそうな表情をしていた。その表情を見ながら本当に死んじゃえと思った。兄が死んで加害者が生きている道理が理不尽にしか思えなかった。

 翌日葬儀会場になる葬儀社の”こころ”という施設には秋穂さんが泊まることになった。これから義理の姉妹になる人だ。彼女は悲しそうな表情をしながらも泣かなかった。なんで泣かないのと聞いたら「朋ちゃんも泣いてないよね? なら私も泣けないよ」と言った。気にしなくて良いことを気にする人だと思った。


 ”じゃあ、私らは先に家に帰るが明日の朝また来るからな”


 そう祖父母は言い朋美たちを残した。姉妹同士で亡くなった兄の遺体の傍に居てやれという配慮なのだろう。孫とは言え、彼らにとって家族とは朋美にとっては兄である祐樹ひとりなのだし、その嫁である秋穂なのだから彼らの配慮にはありがたいと思うしか無いのだけど、私にとって、結婚を控えて張り切る兄を殺したのは秋穂のように思えて恨んでいた。

 葬儀の夜、誰も居ない家に帰った。

 秋穂と朋美で暮らす家だ。本当なら三人で暮らして、私が二十歳になるときに出ていく予定の家だ。

 シーンとなっている。人が死んだあとの家というものはまるでそれまで当たり前だと思っていた日常にふと非日常が覆いかぶさるように、まるで他人の家のように違和感を抱くものだ。

 「入りなよお風呂」

 秋穂はそう言った。

 実の兄を亡くした朋美を気遣ってのことなのだろうと思った。その言葉に甘えて一人で入った。お風呂はやっぱり落ち着く、あんなに心のなかで不安や後悔と悲しみが渦巻いていたのに、その感情は少しは落ち着いてきた。「お風呂どう?」ドア向こうで秋穂が聞く。「気持ちいいよ」と応えると、そっ、と言いながら裸の秋穂さんが入ってきた。タオルで隠していたけど、あの大きな胸がはみ出そうになっていた。

 朋美は慌てて顔を真赤にしながら前を向いた。

 「ななななっ、なにを!?」

 「ん? 背中洗おうかと」

 「自分でできるから」

 「いいから」

 そう言いながら秋穂さんは朋美の背中を柔らかいタオルで洗う。兄なら幼い頃から編み目の荒いタオルでゴシゴシ洗うのだが、秋穂は柔らかい新品のタオルを使って洗う。

 「朋美ちゃんはさ、私のこと嫌いでしょ?」

 「ううん、好きだよ」

 「お兄ちゃんのこと殺したと思ってるのに?」

 お見通しなんだと思った。

 「うん、でも、秘密主義の兄が私にも黙って隠していたほどの人だから、思うところはあるけど、それでも兄の大切な人なんだと思うし、それに私も少し好きだから」

 「なにそれ」

 そう言いながら優しく秋穂さんは朋美の背中を洗う。そして、前にタオルを渡した。「あとは自分で洗ってねと言いながら秋穂さんは湯船に浸かる。

 タオルを受け取り朋美は胸を隠しながら秋穂に向かう。

 「秋穂さん、私ね」



  ”レズビアンなの”



 そう言うと秋穂さんは驚いた顔をしたあと優しそうな顔をして頬杖をつきながら言う「私もだよ」そう湯船に浸かりながら言うのだった。

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