第23話 旅の終わりにあるもの①

第五章 旅の終わりにあるもの



 カイルが目を覚ましたのは、もう日が沈む頃だった。やはり身体の疲労と刺された傷の回復のために休息が必要だったらしい。セナは傍で見守りながら時々彼の顔を覗き込んで、カイルが穏やかな寝顔で呼吸していることを確認して安心していた。


「んー……」


 目を覚ましたカイルはゆっくり起き上がり、部屋の中を見回してセナを見つけると、ほっと笑みを浮かべた。そしてすぐにテーブルの上に残っている果物の皮や種の山を見つけ、椅子に座っているセナと出窓の下で寝ているマルゴを見比べた。


「どうやら足りなかったみたいだね」


 すっかり食べ尽くされている果物の残骸を見ながら苦笑される。その言葉に赤面した。

 カイルの分を残しておこうと思っていたのに、食べ始めたら止まらなくなってしまい、本当に全部食べてしまったから決まりが悪い。

 視線を彷徨わせていたらカイルはくすりと笑って「また買いに行こう」と優しく言ってくれた。

 翌日ももう一日同じ部屋に泊まり、カイルはセナと一緒に街医者に行った。傷を消毒してもらってから帰りに露店で大量の蟠桃を買い込んで、自分とマルゴ用にはこんがり焼いて甘辛いタレに漬けた肉の串焼きを数本買う。部屋に戻った後は医者に言われた通り、カイルは寝台の上で安静にしていた。


「ごめんな。せっかく首都に来たんだからセナを色んなところに連れていってあげたかったのに」


 明日、精霊への謁見の儀式が執り行われるということで、ラクサの街はお祭りムードだ。

 新しい州伯が選ばれるという緊張感と期待感で街の人々は高揚しており、どの領から来た貴公子が精霊を射止めるかあちこちで噂話に花が咲いていた。

 セナも楽しそうな街の様子は気になったが、カイルはまだ安静にしなければ傷が開くかもしれない。外に出ても心配が勝ってきっとゆっくり楽しめないだろう。大人しく部屋にいることに賛成だった。


「そんなこといいんです。傷が開いたらどうするんですか。カイル様はちゃんと寝ていてください。明日は謁見なんですから」


 すまなそうな顔をするカイルにそう言って、串焼きを包みから一本取り出し、串を抜いてから肉を金属のお皿に出した。それをマルゴの前に置くと、出窓の下で日向ぼっこしていたトカゲは嬉しそうに頭を伸ばして肉に齧りつく。


「遊んできていいよって言いたいんだけど、まだアサドとあの商人がその辺りをうろついているかもしれないから、心配なんだ。明日までは俺の傍にいてね」


 悩ましそうな声を出すカイルに頷いて、マルゴの前にしゃがんだまま彼を見上げる。


「はい。カイル様を残してどこかに行きたくありません」


 真面目な顔でそう言うと、カイルは「うん」と頷いて微笑んだ。


『セナ、この石をあっためてくれ』


 マルゴが肉を噛みながらセナを呼んだ。マルゴの身体の下を覗くと、緋色のトカゲのお腹の下からは小石ほどの丸みのある赤い石が出てくる。

 なんとこの石、マルゴが探していた鍛冶場の魔結石らしい。セナを誘拐したあの商人の館を燃やしたとき、焦げた屋敷の瓦礫の下を這い回っていたら見つけたと言っていた。

 それを聞いたカイルが推測したところによると、あの商人は各地の盗品や怪しい品を買い取ってラクサで売り捌いていたのではないかということだった。確かにオアシスではリトも宝飾品の出どころが怪しいと言っていた。確かめたわけではないが、マルゴの魔結石があったということはかなり信憑性は高いように思われる。

 いずれにせよ、マルゴの大事な魔結石が見つかり、あの商人も炎を放ったセナに怯えていたから、たとえ再び会ってももう付き纏われることはないだろう。

 マルゴが差し出した石に指先で触れた。パリッと火花を灯して石が赤く光ると、サラマンダーは嬉しそうに尾を振り、いそいそとその石を懐に仕舞い込んだ。


「じゃあ、俺はもう少し寝かせてもらうけど、セナは暇になったら起こしてね。少しなら動けると思うから、広場の大道芸とか観に行ってもいいよ」

「大丈夫ですから、カイル様は寝ていてください。五日は安静にって言われているのに、まだ二日目なんですよ。僕はマルゴさんと桃を食べていますから」

「うん。ありがとう。セナ、それ食べていいけど、たくさんあるからお腹痛くならないようにね。最近マルゴに食べ過ぎって言われてるんでしょ」


 悪戯っぽい顔でそう釘を刺され、ぷくっと頬を膨らませた。


「わかってますよ。僕だって子供じゃないんですからちゃんと我慢できます」


 それを聞いてカイルは小さく噴き出す。


「そうだな、セナは立派なジンだから」


 と言って彼は横になって目を閉じた。

 カイルが寝息を立て始めるのをマルゴの前にしゃがんで静かに見守り、ベッドの上から規則的な呼吸が聞こえてくるとほっと息を吐いて出窓の外に視線を向けた。外はからりとした青空で、空高くまで飛んだら気持ちよさそうだ。でも明日で人間界の空が見納めになるとしても、残された時間は全部カイルの傍で過ごしたかった。


『セナ、そこの桃を一つとってくれ』


 肉を食べ終わったマルゴがセナを見上げて強請ってくる。


「一つだけですよ。今日はカイル様の分までちゃんと残しておくんだから」


 そう念押しすると赤いトカゲはふん、と鼻を鳴らした。


『若造には肉を残しておけばいいだろう。そんなにたくさんあるのだから、減らしておかなければ明日宿を発つときに邪魔になる』

「確かに……」

『それにお主は明日魔神の世界に帰るのだろう。人間界の食べ物は食い納めになるがいいのか?』


 マルゴにそう指摘され、カイルと別れる切なさと一緒に、もう蟠桃を食べられなくなるという現金な寂寥を感じてしまった。

 確かに、果物を食べられなくなるのはつらい。自分は明日魔神の世界に帰るのだから、そう思えば少しくらい食い意地を張ったって許される気がする。それに何もせずにカイルの顔を眺めていても、きっと明日のことを考えてどんどん気分が沈んでしまうだろう。

 そう開き直った気持ちになり、セナは少し迷ってからテーブルいっぱいに積まれた蟠桃を一抱えマルゴの前に下ろした。

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