ラヴァー
今日も病院の個室で目覚めた。
白色を嫌いになりそう。
数分後、朝食が運ばれてきた。
ベッドを起こして、テーブルが私の前にスライドさせられる。
「いただきます…………」
ぐちゃぐちゃのペーストを口に運んだ。美味しくないけど、食べないと看護士さんに心配されるから食べる。
朝食を終えてから、読みかけの文庫本を読み始めた。
そして。昼頃、お見舞いが来たと告げられる。
彼だ。私の、たったひとりの彼。
「来たよ~」と、笑顔で手を振る、私の恋人。
「慧ちゃん…………」
私は、本を置いて、両腕を彼の方へ伸ばした。
私の意図に気付いた慧ちゃんは、私を優しく抱き締める。
「慧ちゃん、私、怖いよ…………」
「大丈夫。オレがいるから」
「うん。ありがとう」
私は、もう長くない。遺伝的な疾患で死ぬ。
天涯孤独だった私に声をかけてくれたのは、彼。愛坂慧三。私の愛する人。
彼は、明るい人で、ギザギザの歯を見せて笑う。私の灰色の人生に色をくれた人。
「私が死んだら、海に散骨してね」
「約束する」
慧ちゃんは、私の背中を撫でる。
「少しだけど、あなたと暮らせて楽しかったな」
「オレも楽しかったよ。最期まで一緒にいるからね」
「うん」
私、幽霊になりたい。ずっと、あなたの側にいたい。
「慧ちゃん」
「なあに?」
「私が死んだら、忘れてね…………」
「…………」
笑顔から、無表情になる彼。
「それで、他の誰かと幸せになってね…………」
「……オレ、忘れないよ。他の誰かと幸せになったとしても、特別な人のことは忘れない」
そっかぁ。あなたの特別でいられるなら、それは嬉しいことだ。
慧ちゃんの知り合いは、女の人ばっかりで、私はそれが嫌だったけど。私が特別なら、それも、もういいや。
「慧ちゃんは、優しいね」
「優しくないよ。オレは、カノジョにしか優しくないし」
「あはは。女の人みんなに優しい癖に」
「でも、カノジョは特別だから」
「ふふ。そっか」
あなたが私の家に転がり込んで来てから、毎日楽しかったなぁ。慧ちゃんは、ろくに働かないでふらふらしてたけど、それでもよかった。あなたが私を愛してくれたから。
私が持ってるものは、全部慧ちゃんに遺そう。
それから、少しだけ。ほんの少しだけでも、あなたに寂しさを残せたなら、それが私が生まれてきた意味なんだろう。
どうか、慧ちゃんの世界から永遠に欠けたひとつの色になれますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます