知
第5話
ザアッと音を立てて雨が降る中、二人は無言で歩く。
駅に向かいながら、途中のコンビニやドラッグストアを覗いてみるが、時間が遅いからか、それとも桂木の様に傘を持っていない人が買ってしまったのか、傘は残っていなかった。
「傘、売ってないですね……」
「そうですね……」
桂木は片手で麗華の傘を持ちながら、反対の手でスマートフォンを使っていた。
どうやら、文章を打っているようだった。
「あの、やっぱり私が傘を持ちましょうか?」
スマートフォンから顔を上げた桂木が、慌てたように麗華を振り返った。
「すみません。スマホに夢中になって、濡れてしまいましたか?」
「いいえ。そういう訳じゃないんです! ただ、傘が傾いて、桂木さんの肩が濡れてしまっているので……」
桂木がスマートフォンを使うたびに、傘を持つ手は麗華の方に傾いていた。
そうすると、桂木がスマートフォンを持っている側の肩が、雨で濡れてしまっていたのだった。
「ああ……。傘を頼むのに夢中になって、すっかり忘れていました」
「はあ……。そうなんですか……」
桂木はスマートフォンを胸ポケットにしまうと、傘を持ち直したのだった。
二人が歩いていると、駅前の大きな横断歩道に差し掛かった。
赤信号の横断歩道の前で立ち止まっていると、二人の目の前を車がスピードを上げて通り過ぎて行った。
そのスピードを受けて、道路脇に溜まっていた水たまりが麗華達に向かって跳ねたのだった。
(やばっ……!)
麗華が顔を背けると、桂木が麗華を庇ってくれた。
跳ねた水で、桂木の左半身は濡れてしまったのだった。
「す、すみません! 桂木さん!」
間近で見た桂木は、水に濡れて不機嫌そうな顔をしていた。
麗華は泣きそうな顔で慌てて鞄を探ると、ハンカチを取り出したのだった。
「これくらい、大した事ではありません」
「で、でも! 私を庇った事で、桂木さんが濡れてしまって……!」
麗華は桂木の頬を流れる水を拭こうと、背伸びをした。
すると、桂木は目を大きく見開いて、麗華を見つめてきたのだった。
「先輩」
「な、なに?」
桂木は笑みを浮かべると口を開いた。
「最近、キレイになった?」
麗華は何度も瞬きを繰り返した。
「えっと……。それって……?」
「こういう事をはっきり言うのは失礼だとわかっています。けれども、言わせて下さい。最近の先輩は綺麗になったと思って」
「そ、そうでしょうか?」
麗華の顔が赤く染まっていくのを感じた。
桂木からそっと目を逸らす。
「間近で見て確信しました。以前よりも、いえ! 以前から綺麗でしたが、更に綺麗になったような気がして!」
二人がそう話している間に、信号は青に変わっていた。
「行きましょう。桂木さん」
麗華はハンカチを鞄にしまうと、桂木と一緒に横断歩道を渡ったのだった。
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