第26話

(どこの世界も似ているものなんだね。国の成り立ちって)

 

 一夜明けたあくる日、朝餉の席を共にした蛍流から来客があると言われた海音は、今度こそ借りた部屋で大人しく待機していた。

 せっかくなので蛍流から借りたこの世界について書かれた書物を手に取ると、麗らかな春の日差しが射し込む窓辺に寄り掛かって読み耽っていたのだった。この七龍国の創世にまつわる歴史書から顔を上げると、次いで子供向けと思しき和綴じの昔話集を手に取ったのだった。


(しばらくは使用人として厄介になるとしても、常識くらいは学んでおかないとね)


 この世界と海音の世界の文字は、似ているようで微妙に違う。灰簾家で教わった読み書きを忘れない意味を含めて、覚えるまでは毎日この世界の文字に触れた方が良い――蛍流にも提案されたところであった。

 昨日、ようやく役人たちとの話し合いを終えた蛍流が迎えに来たのは、日が暮れて黄昏時になってから。橙色の空を眺めていると、白い割烹着姿の蛍流が着物を手に部屋の入り口に現れたので、度肝を抜かされたのだった。

 そうして言われるままに、蛍流が用意してくれた紬というカジュアルな紺色の着物に着替えて白い割烹着を身に付けると、炊事場の使い方と湯浴みの用意の仕方を教えられた。

 どちらもすでに下準備を終えていたようで、海音が手伝えたことはそう多くなかったが――蛍流の手際があまりにも良かったというのもあるが、今後手が離せない時は家事全般を一任しても良いかと尋ねられた。

 いつ屋敷のことを任されても良いように快諾して気を引き締めたところで、この世界の文字の読み書きについても、毎日触れることで少しでも早く慣れるようアドバイスを受けたのだった。

 そこで蛍流が昔読んでいたという、子供向けに書き直された簡単な昔話集や民話集を追加で借り受けたところであった。几帳面なのか、蛍流の流麗な墨字で『読めない文字は教えるから声を掛けて欲しい』というメモまで添えられて。

 その蛍流は来客が来るからか、今朝から奥座敷を片付けていた。先程様子を見に行ったところ、これから大荷物でも届くのか場所を広く開けているようだったので、海音も声を掛けて手伝う意思を示したが、「安静にしていろ」とだけ端的に返されてしまったのだった。

 結局、やることが無くなり、こうして部屋で読書と読み書きに勤しんでいたのだった。


(もうほとんど痛まないのに……。蛍流さんって、案外過保護なところがあるのかも)


 足袋の上から一昨日怪我した足首に触れる。昨日無理して動かしたので多少は悪化したものの、蛍流の応急処置が適切だったこともあって、重症化せずに済んだ。鼻緒で擦れた足指の怪我も軽く、首の切り傷と合わせてあと数日で跡形もなく治るだろう。もし崖際まで虎たちに追い詰められた時、蛍流が助けに来なかったら、今頃どうなっていたことか……。恐ろしくて考えたくもない。

 ほうっと息を吐いて昔話集から頭を上げたところで、近くからクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「おやおや。今回の嫁御ちゃんは随分と可憐なお嬢さんだね。蛍流ちゃんと同い年くらいの華族の箱入り令嬢とは聞いていたけど、これは温室の薔薇というよりも、野山に自生するササユリかな」


 飄々とした軽やかな話し方に驚き入った海音が窓辺から身を引くと、そこには紺色のターバンらしき布を額に巻いた銀髪の若い男性が顔を覗かせていたので仰天してしまう。春陽に照らされた白銀の短髪が冬晴れの朝陽の下で輝く新雪のようで、触れたら溶けてしまいそうな色合いをしており、この世界では見慣れないターバンと同じ色の長袍という服装と合わせて記憶に残りやすい印象的な容姿をしていたのだった。

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