第5話ー私の恋心と二人の軌跡

私の恋心と二人の軌跡


 とある島の小さな村に、私は生まれた。

 私の両親は、聞いてもいないのに、私が生まれた日のことを、日頃から口にする。

 お母さん曰く、潮や青草の匂いが周りを包み込む、とても暑い日だった、と。

 お父さん曰く、その日には奇跡的にニ人、男女の子どもが生まれた、と。

 

 私は夏になると、毎回のように、ふと考える。

 私自身が、生まれた時のことを。

 とは言っても、少し考えたら、結局、何時も考えるのをやめる。

 思い出しても仕方の無いことなのだ、と自分に言い聞かせながら。


ーーー

 

 一歳になった頃。

 私達は、四足歩行が出来るようになっていた。

 私は身に余る程の元気さで辺りを駆け巡り、何かしらやらかしては、泣いていた。

 男の子は赤ん坊とは思えない程に大人しく、村の大人達に何かあるのでは?、と心配されていた。

 しかし、そんな対極的な二人の仲は、良好だった。

 たまに二人で遊ばせては、彼に突っかかる私が、彼に宥められていたり。

 私が彼の指を握っては、一緒に寝ていたり。

 泣いてる私が、彼にヨシヨシされては、満更でもなかったり。

 と、そんな二人を見て、大人たちは和んでいたのだ。


―――

 

 六歳になった頃、何時も一緒に遊んでいた彼は、あまり部屋から出なくなった。

 それは、生まれつき身体が弱いという理由で、本を読んでいたからだ。

 彼は、村で二人しかいない商人の、お父さんから本を買って貰っては、噛み付く様に読んでいた。

 その時の彼の頭には、本のことしか無い。

 そんな彼の様子を部屋の窓から覗く度に、私は年甲斐もなく妬いていた。

 つまり私は、この頃から彼に対して、恋心を抱いていたのだ。

 ──彼といると、心の底から安心する。

 ──泣いていたら、背中を優しく摩ってくれる。

 ──私の我儘に、文句も言わず付き合ってくれる。

 ──私が眠くなった時は、頭を優しく撫でてくれる。

 ──私が楽しそうにすると、そっと微笑んでくれる。

 私はそんな彼のことが、好きであった。


 ―――

 

 十歳になった頃、彼のお父さんは急に死んだ。

 死んだ理由は、村の医師が言うに、癌らしい。

 彼はお父さんの死から、余計に部屋から出なくなり、私と遊ばなくなった。

 ──不器用だけど、優しくて家族思いで。

 ──文字を教えてくれて、本を買ってくれる。

 ──そんな、かけがえの無いお父さん。

 お父さんの死は、彼にとって、自分が死ぬことと同じくらいに、辛く、苦しいことだったのだろう。

 だけど私にとっては、辛そうにしている彼を見るのが、耐えられなかった。

 好きな男が辛そうにしていたら、誰だって苦しい。

 それは、私だって同じなのだ。

 だから私は、彼に元気を出して貰おうと、色々な努力をしてきた。

 彼の部屋の窓下に隠れては、コンコンとノックし、あの手この手で驚かせ、気を紛らせようとしたり 。

 顔を出した彼に抱きつき、背中を摩ったり。

 重苦しい部屋に引き篭っている彼に、昔、私がして貰って嬉しかったことをして、少しでも昔の彼に、戻って貰おうと奮闘した。

 その結果、彼の心の雨は晴れ、また昔のように、一緒に遊ぶようになったのだ。


ーーー

 

 十二歳になった頃。

 外の世界から、商人がやって来た。

 余所者の商人は、私と彼だけの空間に、ズカズカと入り込んで来ては、彼をたぶらかして、商会に入るようにと、約束を取り付けたのだ。

 私は言葉に出来ない程の嫌悪感に苛まれ、彼を私から遠ざけようとする商人を、心の底から嫌悪した。

 

 ──ずっと、一緒にいたい。

 ──手を繋いで、笑い合っていたい。

 ──将来は村に、二人だけの家を建てたい。

 ──幸せな時は、隣にいたい。

 ──辛い時は、支え合っていたい。

 

(離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない離れたくない…………一緒に居たいよお………………)

 

 この日程、私が憂鬱になった日は、無かった。


―――


 十三歳になった頃。

 彼は、狩りに行くようになった。

 あの憂鬱だった日から、大体一年が経つ。

 あの頃と比べ、和らいではいるものの、私の心の奥深くには、もの言えぬ怪物同様な感情が蠢いていて、私を楽にはしてくれなかった。

 しかし、彼が大人と狩りに行くようになってからは、体力も付き、服の下には、触ると何とも言えない安心感を抱く、安らぎがそこには在った。

 ──そうだ、安心できるのだ。

 ──だから、私は悪くはない。

 ──偶然を装って筋肉を触るのは、不可抗力なのだ。

「はぁ……安心するうう…………」

 触っている時は、彼の存在を肌に感じ、彼の体温を直に感じ、確かな幸福を感じた。

 

「こんな日が、いつまでも続けば良いのになぁ……」


―――

 

 十五歳の夏。

 約束の日まで、残り一日。

 私は彼に、胸の内を何も言えずにいた。

 そうだ、言えなかったのだ。

 ──ずっと一緒に居たい。

 ──私と一生一緒に居て。

 ──私と一生一緒に居たいって言って。

 ──離れたくない。

そんなことを、私が言えるわけなかった。

 言葉にしないと、行動に移さないと、想いなんて伝わりやしないのに。

 

 ただ憂いてるだけの私が、私は嫌いだ。

 彼自身が言葉と行動で、私の心と身体を安心させてくれるのだ、と自分勝手に思っている、私が嫌いだ。

 

 ただ泣くことしか出来ない、私が嫌いだ。

 泣いていたら気に留めてくれると、彼の優しさに漬け込むようなことを考える、私が嫌いだ。

 

 そんな私を。

 私が嫌いな私を、好きになってくれる訳がない。

 ましてや、好きな訳がないのだ。

 もし、彼が私を置いて行くのなら、死のう。

 彼の部屋で、彼の匂いに包まれながら、安らかに。

 と、そう本気で思えるほどに、私は彼に依存していた。

 

「嫌だよぉ……離れるなんて嫌だよぉ…………離れたくないよぉ………………」

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