幼馴染に終止符を

藤堂美夜

第1話

「えっと、武藤くんのことが、その……好きです! 私と付き合ってください」


 あぁ、またか。

 目の前で顔を赤くして恥じらう女子を見下ろして、武藤むとう幸哉ゆきやは内心でため息を吐く。

 互いに同じ高校の制服姿で、放課後の空き教室。

 下校時刻を過ぎた夕暮れ時の今、ここにいるのは二人だけ。

 上目遣いで、期待を込めた眼差しを向けられても、幸哉の心が動くことはない。


「うん、ありがとう。でも、ごめんね」


「え……?」


 ぽかんとこちらを見上げる瞳には戸惑いが映っている。

 断られるなんて思っていなかったのだろう。


「ど、どうして……? 武藤くん、あんなに私に優しくしてくれたじゃない……」


「少し優しくしたくらいで好きだなんて、佐野さんはけっこう自意識過剰なんだね」


 にこりと感情のこもっていない笑みを向ければ、彼女の顔はみるみるうちに怒りと悲しみに染まる。


「そ、そんなっ、ひ、酷いっ!! 武藤くんがこんな人だなんて思わなかった……!!」


 ばちんっと小気味いい音が自分の頬でしたかと思うと、あっという間に彼女は立ち去っていく。


「どんな人間だと思ってたんだよ……」


 ガシガシと頭をかいて、カバンを手に取る。


(あ~あ、またコウに怒られるな)


 下駄箱で待っているであろう幼馴染を思い浮かべて、幸哉は苦笑した。

 しかし、待ち人はじっとしていられなかったようだ。


「おーい、ユキ?」


「ここだよ」


 自分を探す声がして、幸哉は声を上げる。

 喋ると血の味がした。口の端が少し切れてしまったらしい。

 あの女、おもいっきり叩きやがって。

 顔をしかめていると、幼馴染のコウ――篠原しのはら幸佑こうすけが幸哉に気づいて近づいてくる。

 さらりとした黒髪に、すらりとした体躯。

 整った顔立ちには人当たりの良い柔和な笑みを浮かべている。

 けれど、幸哉の顔を見るなり、笑みは消えて心配そうな表情になった。


「ユキ、その頬どうしたの?!」


「あ、これ? ちょっと相手してやろうと思ったら、佐野さんにひっぱたかれた」


「は、どういうこと?! 俺が佐野さん好きなの知ってるよね?」


「ん、悪い。でもさ、今からコウが優しく慰めれば佐野さんもころっと落ちるんじゃねぇの?」

 

「ったく……」


 呆れたようなため息を吐いて、幸佑は教室を飛び出した。


「今度こそ、うまくいってくれよな……」


 叩かれた頬よりも、胸が痛い。

 ぎりぎりと締め付けられるようなこの痛みは昨日今日のものではなかった。


 ――幸哉は、幸佑のことがずっと好きだった。


 友人としてではなく、恋愛対象として。

 けれど、自分たちは男同士で、幸佑の恋愛対象は当然のごとく女の子で。

 伝えられるはずもなかった。

 初めて出会った小学生の頃から今まで、抑え込んできた誰にも言えない恋心は爆弾のように危うい。

 幸佑に好きな子ができたら、相手が本当に幸佑に見合う相手なのかを知るために近づいた。

 すると、その相手はいつも幸哉を好きになった。幸佑と付き合っている場合でも、だ。

 どうやら自分がモテるらしいということに気づいたのは、中学生になってからだ。

 成長期にぐんと伸びた身長は、高校三年になった今ではもうすぐ180センチに届きそうだ。中高のバスケ部でかなり鍛えられたからかもしれない。

 色素の薄い髪は、染めていないのに茶色がかっていて、よく先生に注意されていた。今は注意されることもないが、その度に幸佑がフォローしてくれるのが嬉しかった。

 高身長で男らしい体つき。普段は無愛想なのに不意に見せる笑顔が可愛い、というのは幸佑の言葉だ。

 本物の笑顔を見せる相手は一人だけだし、顔も、性格も、幸佑の方がいいに決まっているのに。

 その上、幸佑は有名大学の推薦だってもらえるほど頭がいい。

 当然、幸佑もモテる。でも、幸佑は自分が好きになった子には付き合っても何故か振られてしまう。

 幸佑の魅力に気づかない馬鹿な女子たち。

 なんで幸佑はそんな女ばかり好きになるのだろう。

 幸佑が幸せでいてくれたらそれでいいと思っているのに、結局いつも邪魔ばかりしてしまう。


 今回も、幸佑が好きになった佐野がどんな女なのか気になって、少し近づいてみただけだった。

 まさかこんなに早く告白してくるとは思わなかったが、これを機に幸佑と仲良くなればそれでいい。

 本当はこれっぽっちも望んでいないが。


「いつまで俺はコウの親友でいられる……?」


 優しい幸佑は、いつも恋路の邪魔ばかりする自分のことを怒りはしても、嫌いになったりはしない。

 幼馴染で、親友のままでいてくれる。

 でも、近い距離感でいるからこそ、苦しいこともある。

 いい加減、突き放してくれてもいいのに。

 本当は離れたくないくせに、そんな風に思ってしまう。

 いっそのこと、自分も他の誰かを好きになれたら――なんて。

 何度も何度も挑戦しようとして無理だったことを思ってしまう。

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