アラン・フィンリー探偵事務所 Shadow Rain ~雨の日の殺人鬼~(男×女×不問)

Danzig

第1話

アラン・フィンリー探偵事務所 Shadow Rain  ~雨の日の殺人鬼~(男×女×不問)



アラン:(モノローグ)

雨のイーストエンド

ロンドンは一年を通して雨が多いと言われているが、一日中降り続くような雨は少ない

長く降ったとしても、せいぜい1、2時間程度だ

だが、秋になると少し様子が変わり、雨が降る日も、断続的に降る雨も多くなる。


アラン:

・・・また雨か・・・


アラン:(モノローグ)

雨は、秋の冷えた空気と、物悲し気なイーストエンドの雰囲気をより一層深めて行く

そういえば、あの日もこんな雨の日だったなぁ・・・


(場転)


アラン:(モノローグ)

その日、僕が事務所で雨音を聞きながら退屈な午後を過ごしている時、彼女はやって来た


(コンコン)


アラン:(モノローグ)

事務所の扉を叩く音。


アラン:

どうぞ、開いてますよ。


ヴィクトリア:

失礼します。


アラン:(モノローグ)

扉を開けて入って来た女性は、シンプルながらも仕立てのよさそうなコートを身にまとっていた。

その下には上品なシルクのシャツと細身のパンツ・・・

落ち着いたダークグレーの色合いは、人混みの中では埋もれてしまいそうな装(よそお)いだ。

だが、こういった服装は、上流階級の人間が人目を忍んで出かけているのだという事を伝えてしまう。


アラン:

ご依頼ですか?


ヴィクトリア:

ええ・・・


アラン:

では、そちらのソファーにお掛けください。

今、紅茶を入れますね。


ヴィクトリア:

はい


アラン:(モノローグ)

彼女は上品な所作で背筋を伸ばしソファーに浅く腰をかけた

そして僕は、給湯室で紅茶を作り、いつものようにローテーブルの上に置いた。


アラン:

お待たせしました、アランフィンリー探偵事務所へようこそ。

今日はどんなご依頼ですか?


ヴィクトリア:

あの・・・初対面の方にこんな事をお願いするのは大変恐縮なのですが・・・


アラン:

はは、大丈夫ですよ、ここは探偵事務所です。

お困り事が御座いましたら、お気軽に相談してください。


ヴィクトリア:

ありがとうございます。

申し遅れましたが、私はヴィクトリア・モントローズと申します。


アラン:

モントローズ・・・あのモントローズ伯爵家の方ですか?


ヴィクトリア:

ええ、

とは言っても、私の家は古い分家なので、社会的に責任のある家柄という訳ではありません。


アラン:

そうですか、失礼しました。

ところで、ご依頼というのは?


ヴィクトリア:

ええ・・・あの・・・

私を殺して下さいませんか?


アラン:

・・・えっと・・・

それは、どういう事ですか?

自分を殺せとは、あまり穏やかではありませんが


ヴィクトリア:

申し訳ございません・・・


アラン:

何か事情がおありのようですね。


ヴィクトリア:

・・・ええ・・・


アラン:

どんな事情か、よろしければ、お聞かせ願えませんか?


ヴィクトリア:

はい・・・あの・・・

あなたは「シャドウ・レイン(Shadow Rain)」の事はご存じですか?


アラン:

シャドウ・レインですか?

ええ、ここひと月ほど、ロンドンを騒がせている殺人鬼の事ですね。

雨に隠れるように殺人を犯す事で、シャドウ・レインと呼ばれるようになったと聞いていますが。


ヴィクトリア:

ええ、そうなんです。


アラン:

その殺人鬼がどうかしましたか?


ヴィクトリア:

実は、そのシャドウ・レインは、どうやら私のようなのです


アラン:

ちょっと待ってください。

あなたは今「私のようだ」と仰いましたが、あなたにはその自覚がないという事ですか?


ヴィクトリア:

ええ・・・


アラン:

では、どうして自分がシャドウ・レインだと思うのですが?


ヴィクトリア:

私は「解離性同一性障害(かいりせい どういつせい しょうがい)」という疾患(しっかん)を持っています。


アラン:

解離性同一症・・・いわゆる多重人格というやつですね。


ヴィクトリア:

そうなんです。


アラン:

それで、あなたのもう一つの人格がシャドウ・レインだと・・・


ヴィクトリア:

ええ・・・


アラン:

でも、どうして「もう一つの人格」がシャドウ・レインだと思うのですか?


ヴィクトリア:

それは・・・あの・・・

多重人格症と言っても、いろいろなケースがあるようなのですが、

私の場合は、別の人格が現れている間の記憶がないのです。

そして、私が今の人格に目覚める時は、何故かいつもベットの上なのです。

まるで眠りから覚めるかのように・・・


アラン:

ほう・・・


ヴィクトリア:

それで、目覚めた時にはベッドはぐっしょり濡れていて、

私は何故かレインコートと手袋を身に付けている時もあるのです。

それと・・・血の付いたナイフも・・・


アラン:

なるほど・・・


ヴィクトリア:

そして目が覚めるといつも、その日のニュースでシャドウ・レインの事が報じられるのです。


アラン:

それで自分がシャドウ・レインだと


ヴィクトリア:

ええ・・・


アラン:

なるほど、お話はわかりました。

しかし、そういう事でしたら、一旦、警察に相談してはどうでしょうか?


ヴィクトリア:

それは出来ません。


アラン:

どうしてですか?


ヴィクトリア:

もし本当に私が殺人を犯していたのであれば、モントローズ家の名に傷がついてしまいます。

ですから、シャドウ・レインの正体を世間に知られる前に、私を殺して頂きたいのです。

どうか、お願いします。


アラン:

申し訳ありませんが、お断りします。


ヴィクトリア:

どうしてですか?


アラン:

ここは探偵事務所で、僕は探偵です。

殺人の依頼は受けていません。


ヴィクトリア:

でもそれは、表向きの話ではないのですか?


アラン:

それはどういう事ですか?


ヴィクトリア:

貴方の事は、レオン教授が教えてくださったのです。


アラン:

そのレオン教授というのは、精神分析医のレオン・クラウザー教授の事ですか?


ヴィクトリア:

ええ、

私はレオン教授の患者で、私が解離性同一性障害だと診断して下さったのもレオン教授なのです。


アラン:

そうだったのですか


ヴィクトリア:

私がレオン教授にシャドウ・レインの事を相談した時に、貴方の事を教えて下さいました。

貴方に相談をすれば、私の望みを叶えてくれるかもしれないと・・・


アラン:

彼がそんな事を・・・


ヴィクトリア:

ですから、お願いします。


アラン:

ですが、先ほども申し上げた通り・・・


ヴィクトリア:

例えあなたが殺し屋だったとしても、私は決して口外は致しません。

それは、モントローズ家の名にかけて誓います。

ですからお願いです、私を殺して下さい。


アラン:

ちょっと待って下さい、まずは落ち着いて。


ヴィクトリア:

ですが・・・


アラン:

レオン教授は、あなたの望みが叶うかもしれないと言っただけで、

僕が殺し屋だとか、殺しの依頼を引き受けると言った訳ではないのではないですか?


ヴィクトリア:

ええ、それは確かに・・・


アラン:

やはりそうでしたか。

レオン教授は、僕の父の古い友人です。

彼は僕が探偵稼業をしている事も知っていますので、あなたの相談を受けた時に、僕の事を思い出したのでしょう。


ヴィクトリア:

そんな・・


アラン:

まだあなたがシャドウ・レインだと決まったわけではないのですから、

その解決方法を、僕に探って貰えという事を言いたかったのかもしれませんよ。


ヴィクトリア:

本当にそうでなのでしょうか・・・


アラン:

おそらくは・・・


ヴィクトリア:

・・・・


アラン:

先程も申し上げましたが、僕もレオン教授とは知らない仲ではありません。

教授がどんな理由で、あなたに僕の事を紹介したのかも含めて、今回の事を僕から彼に詳しく聞いてみます。

ですから、それまで少し待って頂けますか?


ヴィクトリア:

ですが、私はいつシャドウ・レインになってしまうのか分かりません。

怖いんです・・・私が人を殺していると世間に知られてしまうのが・・・


アラン:(モノローグ)

彼女は「人を殺すのが怖い」ではなく、「それを知られるのが怖い」と言った。

おそらく貴族としての重圧が、彼女にそれを言わせるのだろう


アラン:

ヴィクトリアさん、お気持ちは分かります。

ですが、今の段階では何も答えが出せません。

とりあえず、今日のところはお引き取り下さい。

また改めてこちらから連絡をいたします。


ヴィクトリア:

・・・そうですか・・・分かりました・・・


アラン:(モノローグ)

そう言ってヴィクトリアは俯(うつむ)きながら事務所を後にした。

僕は彼女を見送った後、レオン教授に会うためにキングスフォード大学へと向かった。


アラン:

はぁ・・・・ったく・・・


(場転)


ヴィクトリア:(モノローグ)

私は何とも言えない失意の中で帰路(きろ)についた。

私はここ数日、毎日怯えて暮らしていたが、あのアランという探偵にお願いをすれば、

私を恐怖から解放して貰えると信じていただけに、落胆は計り知れなかった。

いつ私がシャドウ・レインだと知られてしまうか、そして、いつ私がシャドウ・レインになってしまうのか、

その事ばかりが、頭の中を巡っていた。


あぁ、今日はレオン教授の診察日・・・

もしアランが私を殺してくれるのなら、もう行く事はないだろうと思っていたのに・・・



(キングスフォード大学)


アラン:(モノローグ)

僕は大学に着くとレオン教授の研究室を訪ねた。

レオン・クラウザー教授

大学病院の精神科医にして、精神分析学、深層心理学の分野では知らぬ者は居ないという程の権威(けんい)だ

彼は親父(おやじ)の古い友人であり、フィンリー家の秘密を知る数少ない人物のうちの一人でもある。

だが、いくら親父の古い友人だからって、一般の人間に殺人の依頼をさせるだなんて、流石に不用意すぎるだろう・・・


僕は正直、あの人の事が昔から苦手だった。

あの人はいつも僕の都合など考えもせずに、勝手に自分の思惑通りに話を進めてしまう。

それに、僕はチェスが苦手ではないが、あの人には勝ったためしがない。それも面白くない。

僕は研究室に向かいながら、レオン教授に文句の一つでも言ってやろうと思っていた。


(大学の研究室)


アラン:(モノローグ)

僕は研究室に着くと、一旦気持ちを落ち付かせてから、扉をノックする。


レオン:

どうぞ。


アラン:(モノローグ)

中からレオン教授の声がする。 僕は扉を開けて中に入った。


アラン:

こんにちは、レオン教授


レオン:

あぁ、誰かと思えばアラン君か


アラン:

お久しぶりです。


レオン:

あぁ、久しぶりだね

だが、君が来るとしたら、もうそろそろだろうとは思っていたよ。

ヴィクトリアの件だろ?


アラン:

ええ、そうです。


レオン:

どうしたんだね?

何やら不機嫌そうに見えるが。


アラン:

教授にしては少し不用意すぎやしませんか?

一般人に殺しの依頼をさせるだなんて


レオン:

あぁ、そういう事か、

安心したまえ、モントローズ家は由緒正しい貴族の家柄だ

それに、おそらくヴィクトリアは、モントローズ家の名にかけて秘密を誓うだろう

貴族の名前はそうそう安いものではないよ


アラン:

そういう事を言っているのではありません。

親父(おやじ)の事は知りませんが、今の僕は探偵です。


レオン:

だが、殺し屋をやっていない訳ではないのだろ?


アラン:

確かにそれはそうですが・・・


レオン:

では何が問題なのかね?


アラン:

僕はフィンリー家の事を知らない人間からの、殺しの依頼は受けません。

教授には以前にもそうお話したと思います。


レオン:

別に私も誰彼構(だれかれかま)わずに紹介するわけではないよ。

ヴィクトリアにはやまれぬ事情があったからね。


アラン:

何ですか、その彼女のやまれぬ事情とは。


レオン:

一つは、モントローズ家の名前の重さ。

もし、ヴィクトリアがシャドウ・レインだと世間が知ってしまったら、

モントローズ家の名前に傷をつけた彼女を一族は許さないだろう。

それは彼女だけではない、彼女の両親や夫、子供に至るまで、

これから先の長い間、一族の中で肩身の狭い生き方を余儀なくされる。


アラン:

いや、それは分かりますが・・・


レオン:

そして、もう一つ

彼女の信じる神は自殺を許してはいない。


アラン:

・・・


レオン:

これは非常に重要な事でね。

ヴィクトリアは誰かに殺されない限り、死にようがないんだよ。

仮に、いくら警察が杜撰(ずさん)な捜査をしていたとしても、

いずれはシャドウ・レインの正体に辿り着くだろう。

そうなれば、彼女は死よりも大きな苦痛を味わう事になる。


アラン:

教授の言っている事は分かりました。

しかし、申し訳ありませんが、フィンリーは自殺のほう助はしていません。


レオン:

そうか・・・

では、私からの依頼なら殺人を引き受けてくれるのかね?


アラン:

・・・・


レオン:

ヴィクトリアを殺してやってくれ


アラン:

申し訳ありませんが、それも出来ません、


レオン:

何故だね?


アラン:

それは依頼主が変わっただけで、彼女の死ぬ事への願望を叶える事に変わりはないからです。

事情を知る前ならいざ知らず、今となっては、その依頼を受ける訳にはいきません。


レオン:

まったく、君も父親(ちちおや)に似て頑固だな。


アラン:(モノローグ)

レオン教授はそう言って、口角を少し上げた。


アラン:

申し訳ありません。


レオン:

うーん・・・

では、ヴィクトリアを殺すという依頼ではなく、

シャドウ・レインを殺してくれという依頼であればどうだね?

それならいいんだろ?


アラン:

でも、シャドウ・レインの正体はヴィクトリアさんなんでしょ?


レオン:

特に確定した何かがある訳ではないよ。

だが、状況的に見れば、恐らく・・・


アラン:

それなら同じではないですか


レオン:

どうしてそう言えるんだね?


アラン:

それは・・・


レオン:

肉体が同じだからか?


アラン:

・・・そうとも言えます。


レオン:

だが、肉体が同じでも、精神は違うだろ。


アラン:

精神・・・ですか?


レオン:

あぁ、精神とは人間の思考プロセスだ

それは、感情や記憶、意思決定のメカニズムと関連しており、アイデンティティを構成する重要な要素の一つだよ。

ヴィクトリアは貴族の令嬢であり、清廉(せいれん)にして潔白(けっぱく)だが、シャドウ・レインは、まるでその逆だ。

そして何より、二つの人格は記憶を共有してはいない。

つまり、二人はアイデンティティの違う「別人」と言っていい。


アラン:

・・・・


レオン:

アラン、それでも君は二人が同じ人間だと言えるのかね?


アラン:

それは・・・


アラン:(モノローグ)

少しの間、僕が答えあぐねていると、レオン教授はゆっくりとした優しい口調で話を始めた。


レオン:

アラン、今ヴィクトリアを救えるのは君しかいないんだよ


アラン:

・・・・


レオン:

シャドウ・レインを殺してくれ


アラン:

ですが教授、それは・・・・


レオン:

頼むよアラン。


アラン:(モノローグ)

僕は教授の話を頭の中で何度か反芻(はんすう)し、答えを出した。


アラン:

・・・分かりました、教授がそこまで仰(おっしゃ)るのであれば。


レオン:

そうか、引き受けてくれるか


アラン:

ただし、僕は今の時点では、まだシャドウ・レインの正体を確定出来ていません。

ですから、シャドウ・レインの正体が誰であれ、その殺人鬼を殺すという依頼であれば、お受けいたします。

その条件であれば、自殺ほう助にはならないだろうと納得させられますから。

教授は、それでいいですか?


レオン:

あぁ、それでいい


アラン:

ひょっとしたら、教授は全く知らない他人を殺害する依頼を出してしまったかもしれませんよ。


レオン:

それは分かっている、だが君に依頼をするには、それしか方法がないのだろ?

じゃぁ、それで頼むよ。


アラン:

本当にそれでいいんですね?


レオン:

あぁ、問題ない。


アラン:

・・・わかりました。


アラン:(モノローグ)

その時も、レオン教授の口角が少し上がった気がした。


レオン:

ではアラン、話はこれで終わりでいいかね?

悪いが診察の時間だ、患者を待たせてる。


アラン:

分かりました、お時間を取らせてすみませんでした。


レオン:

いやいいんだ

ではアラン、頼んだよ


アラン:(モノローグ)

そういうとレオン教授は白衣を片手に、僕を置いて研究室を出て行った。


(廊下)


レオン:(モノローグ)

私は診察室へ続く廊下を進みながら、先ほどのアランとの会話を思い出していた。

彼の父親は私の古くからの友人で、アランの事も、彼が子供の頃から知っているが、

ふふ、親子というのは似てくるものだな。

私は、アランに今回の依頼をしたのは、少々気の毒だったかもしれないと感じていた。


(診察室)


レオン:(モノローグ)

私が診察室に着くと、既に今日の患者であるヴィクトリアが待っていた。


レオン:

待たせてしまいましたね、申し訳ない。


ヴィクトリア:

いえ、そんな事はございません。


レオン:

あれから、体調はどうですか?


ヴィクトリア:

はい・・・それなのですが・・・


レオン:

どうしました?


ヴィクトリア:

今日、先生がお電話で教えて下さった、アラン・フィンリー探偵事務所へ行きました。

ですが、私の依頼は受けて頂けませんでした。

それで・・・もう私はどうしたらいいのか・・・


レオン:

それで気分が優(すぐ)れないのですね。


ヴィクトリア:

ええ・・・


レオン:

その件に関してなのですが、先程、アラン君が私の所へ来ましたよ。


ヴィクトリア:

本当ですか!・・・それで、なんと・・


レオン:

私からも事情を説明して、改めて頼んではみたのですが、、

どうやら、彼には彼の事情があるようでしてね、私が考えていたようには行きませんでした。


ヴィクトリア:

あぁ・・・

そうでしたか・・・


レオン:

ですが、いろいろ条件を変えて、それで何とか依頼を受けて貰いましたよ。

当初の予定とは少し変わりましたが、これでシャドウ・レインの問題は、近いうちに解決できると思いますよ。


ヴィクトリア:

それは本当ですか!


レオン:

ええ、

また、アラン君の方からヴィクトリアに連絡が行くと思いますから、その時は対応してやって下さい。


ヴィクトリア:

はい、わかりました。

あぁ、先生、有難うございます。


レオン:

いえいえ、この件が早く解決できるといいですね。

では、今日の診察を始めましょうか


ヴィクトリア:

はい、よろしくお願いします。


(間)


ヴィクトリア:(モノローグ)

レオン教授の診察が終わる頃、外は雨が降り始めていた。

私が駐車場で車のエンジンを掛けようとした時、

私の屋敷から「アランと名乗る探偵が私を訪ねてきている」との連絡が入った。

私はアランにはドローイングルームで待っていてもらうようにと促(うなが)し、急いで屋敷に戻った。


(ヴィクトリアの屋敷)


アラン:(モノローグ)

僕がヴィクトリアさんの屋敷で、紅茶をいただいていると、彼女が少し急いだ様子で部屋に入って来た。

僕の前に現れた彼女は、探偵事務所で見た時よりは幾分(いくぶん)元気があるようだった


ヴィクトリア:

ごめんなさいアラン、お待たせをしてしまって。


アラン:

いえ、大丈夫ですよ、今美味しい紅茶を頂いていたところです。

なんでも、ヴィクトリアさんも、レオン教授の所へ行っていらしたとか。


ヴィクトリア:

ええ、今日は週に一度の診察の日でしたの。

アランもレオン教授の所にいらしたと、教授が仰ってましたわ。

入れ違いだったみたいですね。


アラン:

ええ、どうやらそうみたいですね。

あの時、レオン教授の言っていた「待たせている患者」が、まさかヴィクトリアさんだったとは・・・レオン教授も人が悪い。


ヴィクトリア:

ふふ、そんな事があったんですか。

医者の守秘義務というやつでしょうか、教授は厳格な方ですから。


アラン:

ええ、多分そうなんでしょうね。


ヴィクトリア:

ところでアラン、レオン教授からお話を伺(うかが)いましたが、今回の依頼を受けて下さるとか。


アラン:

結局、そうなってしまいましたね。


ヴィクトリア:

よかったわ、ありがとうございます。


アラン:(モノローグ)

ヴィクトリアが安堵の表情を浮かべた次の瞬間、急に彼女の雰囲気が変わった。


ヴィクトリア:

ところでアラン、探偵事務所でもお話を致しましたが、

あなたが例えどんな職業であっても、私はモントローズ家の名にかけて決して口外はいたしません。

ですから、安心をしてください。


アラン:

お気遣いありがとうございます。

ですが、あなたが今回の件に関して、レオン教授からどのような説明を受けたのかは分かりませんが、

何やら思い違いをなさっているようですので、少し訂正をさせて下さい。


ヴィクトリア:

思い違い・・・ですか? それはなんでしょうか。


アラン:

まず、僕はヴィクトリア・モントローズの依頼を受けたのではなく、レオン・クラウザーの依頼を受けたという事。

そして、僕は探偵であり、探偵としてここに来ているという事です。

これからあなたにお聞きする事は、探偵としてシャドウ・レインの動向を探る為のものです。

どうかご理解ください。


ヴィクトリア:

・・・そうでしたか、それは大変失礼をいたしました。


アラン:

いえ、いえ、こちらこそ一方的な物言いで、申し訳ありません。


ヴィクトリア:

それではアラン、あなたは探偵として、今回の件をどのように解決するおつもりですか?

レオン・クラウザー教授の依頼とは、一体、どのようなものなのですか?


アラン:

あなたの疑問はわかりますが、それは探偵の守秘義務として、依頼主ではないあなたにお話する事は出来ません。

それもご理解下さい。


ヴィクトリア:

ですが、私は当事者です。

教えて下さってもいいではありませんか。


アラン:

いえ、まだあなたがシャドウ・レインだと確定した訳ではありません。


ヴィクトリア:

ですが・・・


アラン:

もしあなたが本当にシャドウ・レインだと、僕の中で確信が持てた時、

その時には、あなたに全てをお話します。

勿論、その時にお話する時間があればですが・・・


ヴィクトリア:

そうですか・・・分かりました。

シャドウ・レインの正体が世間に知られる前に、解決をして頂けるのであれば、あなたに全てを委(ゆだ)ねます。

あなたがどのような手段を使おうと、私はその全てを受け入れます。

そして、その覚悟は既に出来ています。


アラン:

分かりました。

では、聞き取り調査を始めましょう。

あなたが、ご自身をシャドウ・レインだと思うようになった切欠を教えて頂けますか?

何でも構いません、思い当たる事柄を挙げて行ってもらえますか


ヴィクトリア:

はい・・・

実は、私は昔から片頭痛を持っておりますので、頭痛の酷い時にはよく薬を飲んで横になるのです。

低気圧のせいでしょうか、雨が降りそうな時に酷くなることが多いんです。


アラン:

なるほど・・・それで?


ヴィクトリア:

3週間程前でしょうか、私が目を覚ますと、髪の毛が少し濡れている事に気が付いたのです。

その時は、ほんの少し濡れている程度でした。


アラン:

3週間ほど前ですか・・・シャドウ・レインの最初の出没とは、少し日にちにズレがありますね。

シャドウ・レインが最初に現れた時は、どんな感じでしたか?


ヴィクトリア:

最初にシャドウ・レインの事件があった日には、何かがあったという事はありませんでした。

ただ、その日も私は片頭痛が酷くて数時間横になっていました。


アラン:

そうですか・・・

それで、髪の毛が濡れている事に気づいた後、あなたはどうしました?


ヴィクトリア:

不思議だとは思ったのですが、特にどうもしませんでした。

その二日後がレオン教授の診察の日でしたので、教授にその事を話しました。


アラン:

で、教授はなんと?


ヴィクトリア:

その時は、夢遊病かもしれないと言われました。


アラン:

夢遊病ですか・・・


ヴィクトリア:

はい、眠っている間に外に出たのではないかと


アラン:

なるほど・・・それで?


ヴィクトリア:

教授が言うには、夢遊病はストレスから来ることが多いので、少し様子を見ようと・・

でも、それからなんです、次第に目覚めた時の状態が酷くなっていきました。

それと同時に、自分が眠った事すらも覚えていないような事も増えて行って・・・

教授にその事も相談したら、解離性同一性障害の疑いがあると言って調べて下さいました。


アラン:

それで、解離性同一性障害と診断されたのですね。


ヴィクトリア:

ええ、何かのタイミングで別の人格が現れて、何らかの行動をした後(のち)に眠りについたのではないかと


アラン:

ほう・・・


ヴィクトリア:

それで、前々回シャドウ・レインが現れた日、私はレインコートを着たまま目覚めました。

そして前回も・・・


アラン:

それで、ご自身がシャドウ・レインだと思うようになったのですね?


ヴィクトリア:

そうなんです。

前回目覚めた後で、テレビでシャドウ・レインのニュースを見たんです。

その時、私はもう恐怖でパニックになってしまいました。

それで、レオン教授の診察日が待てずに、お電話で教授にご相談したんです。

この状況で、モントローズ家の家名を守る為には、どうしたらいいのかと・・・

そうしたら、教授がアラン・フィンリー探偵事務所を紹介して下さって、

あなたに相談したら、私の望みを叶えてくれるかもしれないと・・・


アラン:

なるほど、それで僕の事務所に


ヴィクトリア:

ええ・・・


アラン:

わかりました。

では、次に何がシャドウ・レインのトリガーとなっているのかを調べて行きましょう。

全ての雨の日にシャドウ・レインが現れるわけではありません、何か雨以外にトリガーがある筈です。


ヴィクトリア:

そうですね、わかりました。


アラン:(モノローグ)

それから僕は、再びヴィクトリアのスケジュールの聞き取りを行い、

シャドウ・レインの出没場所や出没時間などの情報と照らし合わせた。

本来のヴィクトリアのスケジュールは、僕の想像よりも遥かに忙しいものであったが、

二ヶ月前にストレスで体調を崩してからは、週に一度のレオン教授の診察以外は、

殆ど何もせず、のんびりと気ままに過ごすようになったという。

結果として、ランダムとも思えるシャドウ・レインの出没と、

二ヶ月の間のヴィクトリアの気ままな行動との間に関連性を見出す事は出来なかった。


ヴィクトリア:

どうでしたか?

何か分かるような事はありましたか?


アラン:

うーん、ヴィクトリアさんの行動と、その行動の切っ掛けになった現象も含めて

シャドウ・レインの出没と照らし合わせてみたのですが、

正直、どちらもこれと言った一貫性がないものですから、関連性を見つけるのは難しいですね。


ヴィクトリア:

そうですか・・・・痛ぅ・・


アラン:(モノローグ)

一瞬、ヴィクトリアの顔が引きつったように見えた。


アラン:

どうされました?


ヴィクトリア:

・・・ちょっと頭痛が・・・失礼ですが、ちょっとお薬を飲ませて頂きますね。


アラン:

ええ、どうぞ・・・それより、大丈夫ですか?

よろしければ、今回はこれで終わりにして、少し横になられたほうが?


ヴィクトリア:

いえ、今回は横になる程の痛みではないですから

どうも私は低気圧に弱くて、この時期は割と頻繁(ひんぱん)に起こるんです。


アラン:(モノローグ)

そうか、低気圧か・・・

僕は、ヴィクトリアの行動と、シャドウ・レインの出没記録の上に天気情報を重ねた

そして、それを見て、僕はある事に気が付いた。


アラン:

これか・・・・


アラン:(モノローグ)

ヴィクトリアが探偵事務所に来てから、今に至るまでの経緯(いきさつ)を頭の中で丁寧に思い浮かべていくと、

僕の中の小さな気付きは、ほぼ確信へと変わっていった。


ヴィクトリア:

何かお分かりになりましたか?


アラン:

ええ、ヴィクトリアさん、ありがとうございました。

これで大体の予測は立てられました。


ヴィクトリア:

本当ですか!


アラン:

ええ、僕の予測が正しければ、多分、もうシャドウ・レインが殺人を犯す事はありませんよ。


ヴィクトリア:

あぁ、よかった・・・

という事は、アランの中で私がシャドウ・レインという確信が持てたという事ですね。

では、先ほどの約束通り、全てを私に話して頂けますか?


アラン:

いえ、まだ僕の中で予測が出来たというだけで、確信が持てたわけではありません。

確信が持てる時が来るとすれば、それは僕の予測通りにシャドウ・レインが現れた時です。


ヴィクトリア:

ですが、アランは今「シャドウ・レインが殺人を犯す事はない」と・・・


アラン:

僕は、シャドウ・レインが現れた時点で、この件を終わらせます。

ですから、シャドウ・レインが再び殺人を犯す事は無いという事です。


ヴィクトリア:

・・・そういう事ですか・・・

つまり、私がシャドウ・レインになっている間に殺(ころ)・・・いえ、解決させるという事ですね。

ですから先程、「その時に話す時間があれば」と仰ったのですね。


アラン:

それにお答えする事は出来ません。


ヴィクトリア:

・・・そうでしたね・・・


アラン:

申し訳ありません。


ヴィクトリア:

いえ、いいんですよ、あなたは「探偵」ですものね。


アラン:

ええ


ヴィクトリア:

ではアラン、あなたはこれからどうなされるのですか?


アラン:

僕は一旦、あなたの前から消えます。

あなたが、普段通りの生活をしていないと、シャドウ・レインが現れない可能性がありますから


ヴィクトリア:

でも、それでは・・・


アラン:

大丈夫ですよ。

僕はあなたからは見えない場所にいるというだけで、監視はしていますので安心してください。


ヴィクトリア:

あぁ、そういう事ですか、分かりました。


アラン:

では、僕はこれで失礼します。


ヴィクトリア:

では、ヴィクトリアとしてあなたと会うのは、これが最後になってしまうかもしれませんね。

アラン、今までありがとうございました。

レオン教授が依頼の際に、あなたにはご無理を通して貰ったと仰っていました。

それも併(あわ)せまして、重ね重ね本当に有難うございました。


アラン:

ヴィクトリアさん、まだ事件は解決した訳ではありませんよ。


ヴィクトリア:

そうですね。

では今回の件、よろしくお願いいたします。


アラン:

わかりました、では失礼します。


アラン:(モノローグ)

僕はモントローズ家の屋敷を後にして、自宅に戻った

そして、僕は慎重にシャドウ・レインを殺す為の支度を整える。

今回はなるべく人目に付かず、迅速かつ、なるべくターゲットに苦痛を与える事のないように・・・


僕の予測が正しければ、シャドウ・レインが次に現れるまでには、まだ日にちがあるが、

もしもの事を考えて、支度を整えた後、僕はすぐに監視対象の張り込みへと向かった。


(間)


ヴィクトリア:

もしもし、レオン教授ですか? 私です、ヴィクトリアです。

先程、アランさんが私の所へ来て、聞き取り調査を行って行(ゆ)かれました。


レオン:

そうですか、それはご対応ありがとうございました。

それで、いかがでしたか?


ヴィクトリア:

アランさんは、探偵の守秘義務として詳しい事は教えて下さいませんでしたが、

どうやら、私がシャドウ・レインだと確信を持たれたご様子でした。


レオン:

そうですか・・・

それで、彼はなんと?


ヴィクトリア:

もうシャドウ・レインが殺人を犯す事はないと仰っておりました。


レオン:

そうですか・・・

で、彼は今どこに


ヴィクトリア:

もう帰られましたわ。

この屋敷を出て、私から見えない場所で、私の監視をしていると・・・

そして、シャドウ・レインが現れたら、事件を解決するという算段のようです。


レオン:

分かりました、わざわざご連絡して下さって、ありがとうございました。


ヴィクトリア:

いえ、教授にはお世話になりましたので、お礼が言いたくて

もう、教授の診察は受けられないかもしれませんから・・・


レオン:

・・・・

早く事件が解決するといいですね。


ヴィクトリア:

ええ・・・


(間)


アラン:(モノローグ)

張り込みをしてから二日目

僕の予測が正しければ、今日、シャドウ・レインが現れる。

そして、その日の午後、天気予報通り、雨の兆候が現れた


アラン:

もうすぐ雨が降りそうだな。


アラン:(モノローグ)

そう思った時、監視対象が動き始めた。

監視対象は車に乗り、門を出て行った。

僕も慎重に車で後を付ける


(間)


アラン:(モノローグ)

車はリバーサイド・パークに向かっているようだった。

シャドウ・レインは、人気(ひとけ)の少ない、少し薄暗い場所を選らんで殺人を犯している

リバーサイド・パークにも、木々に囲まれた散歩道があり、人もまばらだ

恐らく今回はそこで殺人をするつもりなのだろう


(間)


アラン:(モノローグ)

車は案の定、リバーサイド・パークの駐車場に駐(と)められた。

雨は既に降り始めており、車からレインコートを着た人影が降りてきた。

その顔は、これまでに何度も見ていたが、表情がそれまでとは若干違うように思える。

恐らくシャドウ・レインになった時には表情が変わるのだろう。

シャドウ・レインは、そのまま、僕の予想通り、散歩道へと歩いて行った。


木の陰でターゲットが通るのを待つシャドウ・レイン

遠くに人影が見えた時、シャドウ・レインがナイフを取り出した。

それを確認して、僕は声を掛ける。


アラン:

そこまでにしてください、シャドウ・レイン。


アラン:(モノローグ)

レインコートの影は一瞬びくりと肩を上げたが、その後、ゆっくりとこちらへ振り返った。


アラン:

もう辞めにしましょう、レオン教授。


レオン:

どうして君がここに?


アラン:

僕はあなたを監視していましたから、ここにはあなたに付いて来ただけですよ。


レオン:

君はヴィクトリアを監視していたのではないのかね?


アラン:

いえ、監視対象は初めから貴方でしたよ。

ヴィクトリアさんが犯人でない事は直ぐに分かりましたから。


レオン:

どうしてだね?


アラン:

女性がナイフで殺人をするのは、結構難しいんですよ。

男性並みの腕力か、医学的な知識がない限りね。

彼女はそのどちらも持ち合わせていない。


レオン:

なるほど・・・

で、どうして今日だと分かったんだね?


アラン:

ヴィクトリアさんの行動とシャドウ・レインの出没記録に天気情報を重ねた時に分かりました。

シャドウ・レインは、いつもあなたの診察日から、ちょうど3回目の雨の日に出没していましたから。

そして今日も、あなたの診察日から3回目の雨


レオン:

そうか


アラン:

あなたはヴィクトリアさんに、自分の診察から3回目に雨が降る時、

レインコートと手袋をして指定の場所に行け。

そういう催眠暗示(さいみんあんじ)をかけていたんですよね。

そして、現場で彼女と落ち合い、自分の殺しに使った凶器を彼女に渡していた・・・


レオン:

・・・・


アラン:

流石ですね、曜日や日付とかではなく、不定期な雨を利用するなんて。

それに、そんな複雑な催眠暗示を掛けられるなんて、

こちらも、流石、深層心理学のエキスパートというべきでしょうか。


レオン:

君に褒めて貰えるとは、痛み入るね。

もう一つ教えてくれないか、いつ私だと分かったんだね?


アラン:

最初にあなたを疑ったのは、キングスフォード大学にあなたを訪ねて行った時です。


レオン:

あの時に・・・何故だね?


アラン:

あなたは、多重人格者の精神について語った時、

「ヴィクトリアは清廉潔白だが、シャドウ・レインは、まるでその逆だ」と言いました。

どうしてあなたはシャドウ・レインの精神が、ヴィクトリアさんの逆だと言えたのですか?

ヴィクトリアさんにはシャドウ・レインの記憶がないのですから、彼女から聞く事は出来ませんよね?


レオン:

ほう


アラン:

それに、ふたりは記憶を共有していないとも言った。

ヴィクトリアさんにシャドウ・レインの記憶がない事はわかります。

ですが、何故、シャドウ・レインがヴィクトリアさんの記憶を持っていないと言えたのですか?


レオン:

・・・


アラン:

それは、レオン教授、あなたがシャドウ・レインを知っていたからです。

精神分析の権威(けんい)が、会った事もない人間の精神について語るなんて、可笑しな話ですからね。

少なくとも、僕の知っているレオン・クラウザーという人物は、

不確定な事柄に関して、決して断言をする人間ではない。


レオン:

なるほど、確かに不用意な発言だったよ。

ふふ、それにしても、君は父親に似て鋭いんだな


アラン:

恐れ入ります。

でも、どうして教授がこんな事をしたんですか


レオン:

そうだな、ここまで来た君には、全てを話さなといけないだろうな・・・

実は私は解離性同一性障害なのだよ


アラン:

教授が・・・ですか?


レオン:

あぁ、だがヴィクトリアのケースと違う点は、

私の場合は、もう一方の人格とコミュニケーションが取れる点だ、ある程度、記憶も共有できるのだよ。

非常に稀なケースだが、まさか自分がそれになってしまうとわね。


アラン:

それで、そのもう一方の人格が殺人鬼だったのですか。


レオン:

あぁ

だが、私の別人格も最初は殺人を犯すような性格ではなかったんだよ。

彼はとても臆病(おくびょう)な性格でね、他人の前には滅多に出て来ない。

現に彼は先程まで表に出ていたのだが、君が声を掛けた途端(とたん)に引っ込んでしまったよ。


アラン:

ならどうして・・・


レオン:

彼はずっと私のストレスに悩まされていたようでね、

次第に破壊行動をとる様になり、いつしか殺人衝動にかられるようになったんだよ。


アラン:

・・・


レオン:

最初私は、これが別人格などではなく、単なる自分自身の押さえきれない衝動だと思っていたんだが、

調べて行くうちに、明確な人格がある事が分かったよ。

私が診断を下したのだ、間違いない。


アラン:

そうだったんですか・・


レオン:

最初は彼に言い聞かせて、衝動を思い留まらせていたんだが、いつしかそれも効かなくなってしまってね。

次第に私の意識外で行動を起こすようになってしまったんだ。


アラン:

それで殺人を


レオン:

あぁ、私が気付いた時には、もう殺人を犯した後だったよ


アラン:

・・・

でも、何故ヴィクトリアさんに


レオン:

ヴィクトリアは昔からストレス性障害で悩んでいてね、私の古くからの患者だったんだ。

ある日、彼女に夢遊病の症状がある事が分かったのでね、利用させてもらったよ。

殺人をする日を予め決めておけば、その日までは私の別人格も大人しくしててくれたしね。


アラン:

・・・


レオン:

暫くシャドウ・レインの隠れ蓑(かくれみの)にでもなってくれればと思ったのだが、

彼女があれほど狼狽(ろうばい)するとは・・・悪い事をしてしまったな。


アラン:

僕は最初、教授がシャドウ・レインを殺して欲しいと言った時

教授がヴィクトリアさんの別人格を操って、殺しをさせていたのかと思いました。


レオン:

彼女に殺人をさせる訳にはいかないだろう


アラン:

確かにそうですね・・・


レオン:

それに、ヴィクトリアは多重人格ではないよ、私が彼女にそう思わせていただけさ。


アラン:

なら何故シャドウ・レインを殺して欲しいだなんて・・・

レオン教授自身の事じゃないですか!


レオン:

さぁ、どうしてかな、話の流れでつい・・・と言ったところかな

きっと、君がヴィクトリアをシャドウ・レインだと勘違いしてくれる事を期待したのだよ。


アラン:

どうしてそんな・・・


レオン:

さて、もういいだろう。

シャドウ・レインの正体を知った君は、これからどうするんだね?


アラン:

・・・勿論、依頼を完了させて頂く事になりますね


レオン:

そうだろうな・・・まぁ、私の計画が失敗したんだ、仕方ないさ。


アラン:(モノローグ)

レオン教授は、口角を少し上げた


アラン:

・・・

これは、ジェットインジェクターを少し改良したものです。

あなたも似たようなものを見た事があるでしょう。


レオン:

それは、噴射(ふんしゃ)式注射器の類(たぐい)だろ?

精神科医では使わないがね。


アラン:

ええ、そして中身はプロポフォールです、濃度は教えません。


レオン:

全身麻酔薬か、濃度は致死量を超えているという事だろうな。

どうやら私が苦しまないように配慮してくれたようだね。


アラン:

あなたは父の友人ですから


レオン:

気を使わせてしまって、すまなかったね。

あぁそうだ、ヴィクトリアは東側の駐車場に来ているはずだ。

駐車場に着いてから、1時間私と会わなければ、勝手に家に帰って暗示が解けるよ。

もう私の診察はないんだ、二度と暗示にかかる事はない。


アラン:

そうですか、分かりました。

アラン:

では教授・・・


レオン:

あぁ、君も達者でな

彼女には謝っておいてくれ


アラン:

ええ


アラン:(モノローグ)

僕は教授に近づき、ジェットインジェクターをレオン教授の首筋の頸静脈(けいじょうみゃく)に当ててトリガーを引いた。


レオン:

アラン、ありがとう


アラン:(モノローグ)

薬が効いて眠るまでの数秒の間に、教授はニコリと微笑み、僕に向かってそう言った。

彼が言い残した言葉は、僕が人を殺す時に一番聞きたくないセリフだった・・・


(間)


アラン:(モノローグ)

それから、僕は教授の握っていたナイフを回収し、公園から引き上げた。

そして、公園から戻ったヴィクトリアに、事の次第を全てを話した。

僕がどういう人間かという事も含めて。


ヴィクトリア:

そうだったのですか・・・


アラン:

ええ、レオン教授が最期にあなたに「謝っておいて欲しい」と言っていましたよ。


ヴィクトリア:

そうですか、ですが私はレオン教授を恨んではいませんよ。


アラン:

それは本当ですか?

ヴィクトリアさんは、あんなに苦悩(くのう)させられたのに・・・・


ヴィクトリア:

ええ、私にはレオン教授の気持ちが分かる気がするのです。

あの方も、私と同じ神を信仰していましたから


アラン:

・・・そういう事だったのですか・・・


ヴィクトリア:

もしかしたら、教授ご自身がシャドウ・レインだと気づかれた時に、

この計画を立てられたのかもしれませんね。


アラン:

最初から、自殺ほう助をしないと言っている僕に、自分を殺させる為に・・・


ヴィクトリア:

ええ・・・


アラン:

確かに、毎回診察日に新たな催眠暗示をかけて、その都度違う場所を指定していたのですから、

わざわざ毎回「3回目の雨の日」とする必要はないですからね。

全ては、僕に気づかせるために・・・


ヴィクトリア:

そうかもしれませんね。

おそらく最初の殺人が、たまたま3回目の雨の日だったのでしょうね。

それを利用して、ずっと続けていけば、あなたに気付いて貰えると思ったのかもしれません。


アラン:

はぁ・・・


ヴィクトリア:

ふふ、

今回はアランには気の毒な事でしたね。

ですが、私は教授のお手伝いが出来て良かったと思っていますよ。


アラン:

はぁ・・・ったく・・・


ヴィクトリア:

ふふふ


アラン:(モノローグ)

その後、レオン教授の遺体がリバーサイド・パークで発見された。

警察や大学関係者がレオン教授の遺品をはじめ、身辺(しんぺん)を整理しているが、

あの教授の事だ、彼の周辺からシャドウ・レインの痕跡(こんせき)など微塵(みじん)も出て来やしないだろう。

つまり、シャドウ・レインの事件は迷宮入りする事になる。

それもレオン教授の筋書き通りか・・・


アラン:

はぁ・・・結局最後まで、僕はあの人の思惑通りに話を進められてしまったという事か・・・


アラン:(モノローグ)

やはり僕はあの人の事が苦手だと思った。


(間)


アラン:

・・・また雨か・・・



アラン:(モノローグ)

秋のイーストエンドにまた雨が降る。

僕はおそらく、これから先もこんな日には、あの人の事を思い出すのだろう。

灰色の空から落ちる雨粒が、古びた街並みに溶けて行き

雨音が過去の思い出でも連れて来るかのような、こんな雨の日には・・・

少しため息の交ざった記憶と共に




終わり

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アラン・フィンリー探偵事務所 Shadow Rain ~雨の日の殺人鬼~(男×女×不問) Danzig @Danzig999

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