第83話

この町はほとんどの飲食店で酒を出しており、どこも酒場に近い雰囲気だった。この土地の人々はかなりの酒豪でもあるようだ。

「タク、どうする?久々に飲むか?」

「そうだな、一杯くらい飲むか」

 これまで酒は控えめにきたタツとタクも酒場の雰囲気に押されて一杯やりたくなったようだ。

「メイはどうする?ユリは…やめておいた方がよさそうだな」

「…そうね、見るからに弱そうだしね」

 本人の意思表示の前に皆に却下されてユリはむくれたが、メイも自分は下戸なのでやめておくと言ったのでそれほど機嫌を損ねずにすんだ。


 楽しい晩だった。久しぶりの豊かな食料と飲み物で皆が満ち足りた気分になった。店には陽気な音楽が鳴り響いていた。

 ふと、その音楽の調べが変わり、歌声が聞こえてきた。物悲しい調べだ。ざわついていた店内もしんと静まり返って耳を傾けた。

「へえ…素敵」

「吟遊詩人か」

 歌っているのは、整った顔立ちの金髪の男だった。歳は二十歳を少し超えたくらいだろうか、美しい歌声だった。

 歌い終えると店中から大きな拍手が沸き起こり、男は手を挙げてそれに応えた。

「吟遊詩人の歌は私も初めて聞いたわ」

 メイが言うと、タツもうなずく。

「最近はロンデルトのあたりじゃ減ったものな。西の地域ではまだいるんだな」

「やあ、君たち、ここの人じゃないね?旅人かい?」

 突然テーブルに割り込んできたのは、先ほどの吟遊詩人だった。

「え…ええ」

 メイが答えたものの面喰った表情は隠せなかった。タツとタクは明らかに警戒している。しかし吟遊詩人は二人には全くかまわずにメイとユリにだけ話しかけていた。

「どうだった?さっきの歌。君たちのために心をこめて歌ったんだけど」

「あの…とても素敵でした」

 ユリが答えると、吟遊詩人はにっこりと笑みを浮かべてユリの髪に触れる。

「へえ…君、とてもきれいな髪をしているんだね。顔もかわいいけど」

 のぞきこまれたユリが赤くなり、タクがはっきりと怒りの色を浮かべた。

「おい、お前、ユリに気安く触るな」

「へえ、ユリちゃんていうんだ。かわいい名前だね。俺はロンっていうんだ。よろしくね」

「お前、聞いてんのかよ?」

 タクが気色ばむが、ロンの方がどこ吹く風だ。

「やれやれ、美しい女性に心ひかれるのは全世界の男に共通だと思うけどな。気を悪くしたなら謝るよ。君は彼女の何なんだい?恋人?兄妹?それともただの友達?」

「…っ、兄妹、みたいなもんだよ」

「タク、落ち着け」

 酒が入るとタクが喧嘩早くなるのを知っているタツが割って入った。

「すまないけど、うちの妹は人見知りなもんでね。知らない男に話しかけられるとあがっちゃうんですよ」

 タツはやんわりとロンの接近を制した。

「そう?そいつは失礼。奥ゆかしいのもかわいいもんだね。じゃ、また今度ね」

 ロンもタツの笑顔の奥の怒りに気がついたのか、それ以上粘りはせずに退散した。

「ったく、なんだよあいつ。ユリも知らない男にほいほい返事しちゃだめじゃないか」

 タクはまだプリプリ怒っている。

「…ったく、あんたたち過保護すぎよ。ただ話していただけじゃない」

 メイは呆れている。

「なんだって?」

 タクがまた気色ばむが、ユリが間に入った。

「もう、やめてよ。別に何もなかったんだからいいじゃない。タク、酔っぱらってるんじゃない?」

「なんの、これしきの酒で…」

「あーもう、呂律が怪しいっていうの!そういうのを」

「案外弱いのね、お酒」

 タクはすっかり馬鹿にされている。タツは同じ量を飲んでいても変化はなかった。

「タツ兄はお酒強いんだね」

「タクとは血が繋がってるんでしょ?わからないものね」

「ああ、まあでも、従兄弟だからな。普通の兄弟よりはそういうの薄いんじゃないの」

 タツが言うと、メイは意外そうな顔になった。

「あれ、そうなの?あなたたちはほんとの兄弟だと思ってた」

「まあ、同じ家で育ってるし同じようなもんだけどな。親父同士が兄弟」

「それでユリは養女なんだっけ?」

「うん、そう。でも生まれた時から同じ家にいたから兄弟みたいに育ったけどね」

「タクとユリは乳兄弟でもあるんだよな」

「そうそう、私のお母さんが母乳あんまり出ない人だったから、タクのお母さんからもらったの」

「へえー、そうなんだ」

 メイが感心している。その横でタクはすっかり酔い潰れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る