冒険者ハバキの詩

イソラズ

序章




 別に、最初からこんな人間だった訳じゃない。



 木枠の鏡に映った自分の額を触りながら、黒髪の少年は心の中で呟いた。

金色の虹彩をした瞳が、黒髪を掻き分けて露わになった自分の額に向いた。


ちょっと前までは、結構明るい性格だったんだ。


 少年の額には、背を丸めた赤色のドラゴンの様な模様が、刺青のように描かれていた。

刺青と違うのは、その模様が薄く光っているところである。


·····まるで、今まさに発動する魔法陣のように。


 これだ、この文様こそが、少年を絶望に落とした元凶だ。



 ───話は二十年前、少年の両親が冒険者をしており、勇者と聖女と賢者と剣聖と共に、王国を襲った破滅の邪龍、ラヴァニールを撃破したところから始まる。












 この世界には、大きく二つの大陸が存在する。


 一つは、多数の平地と水源を持った肥沃な〝西大陸〟。

そして、険しい山脈が多く、土地の約半分を凍土が占める〝東大陸〟である。


 寒さ厳しい東大陸は、ガルガ帝国という独裁国の一強であり、帝国に同盟を誓った小国が複数あるばかりである。


 それに対する〝西大陸〟は、古来より様々な種族が入り乱れての領土争いが慢性的に続いており、現在は三十以上の小国が存在している。


西大陸の中でも、特に大きな国は〝アルマ王国〟である。


 アルマ王国の建国は、今から三千年以上前、各地を旅する流浪の民と、現在の王都に定住していた先住民族が混じりあったことに始まる。


 先住民族と混じりあう前、流浪の民は一本の宝剣を信奉の対象としていた。

その剣こそが、王国の勇者の象徴、〝英雄剣ディギトゥス〟である。


〝魔神殺し〟や、〝巨人の腕〟とも呼ばれるその剣は、三百年に一度、ふさわしい所有者を選ぶ。

 そして、選ばれた者は、形も重さも自由自在の光の剣·····ディギトゥスを操る勇者となる。



こうして、定期的に現れる勇者の力を利用しつつ、アルマ王国は確実に領地を拡大していった。

 それが、西大陸の大国として君臨する王国の歴史である。


複数の属国と同盟国を持ち、東大陸のガルガ帝国に唯一対抗できる国力を持っていたアルマ王国であったが、今から二十年前にある事件が起きる。


 その時の王国は、三百年ぶりに現れた勇者と、同盟国から貴賓として学園に学びに来ていた聖女、剣を極めた剣聖、未来視の力を持った賢者という四英雄が、冒険者としてパーティーを組んでいた、まさに戦力の絶頂期であった。


 そんな王国は、

そんな冒険者パーティーは、


一夜にして滅ぶ事となる。





 ─────邪龍の襲来。




 龍の名は〝ラヴァニール〟。



燃え上がるような赤と金色の鱗と、太く捻れた角を持つ巨大な赤龍であった。


 その龍は、常に燃えさかる六枚の翼を広げ、王都へと落下した。



 一瞬にして火の海に包まれた王都は、いとも容易く壊滅した────、



 崩壊した王城で首をもたげる〝ラヴァニール〟に剣を向けたのは、他でもない、王国の勇者だった。


 まだ成人したばかりの第十四代勇者、ラーファは、自らの率いるパーティーと共に邪龍の討伐を開始した。


 それに続いたのは、当時王国の一大戦力であった、〝宵闇の冒険団ノックス〟。

 冒険団とは、複数の冒険パーティーを内包した冒険者の集団である。


宵闇の冒険団ノックス〟は、高位の冒険パーティーのみを団員とした、王国直属の傭兵団でもあった。



 激戦は夜通し続き、聖女は死亡。


勇者もまた、ラヴァニールと刺し違える形で死亡した───。


 数多くの死者を出した事で、〝宵闇の冒険団ノックス〟は解散───。


 兵力の殆どを冒険団に頼っていた王国は、国内の治安維持や魔物対策のため、新たに王国騎士団を設立。


 冒険者協会と管轄を分かち、二度とこのような事がないよう、反省点を踏まえながら、王都の復興に着手した。



 ·····それから、二十年の月日が流れた。


再建された王城の下、王都は以前よりも強く美しく建て直され、表面上、邪龍の爪痕は殆ど見受けられなくなった。


 また、先の邪龍との戦いに憧れてか、冒険者の数は増加の一途を辿り、市場も活気に賑わっている。


新設された騎士団も上手く機能し、王国は、完全とまでは言わぬとも復活を果たした。


 そんなアルマ王国の端には、〝ヴィタ村〟と呼ばれる小さな村がある。


 邪龍の破壊行為とも、心臓部の賑わいとも無縁な辺境であるその村から、物語は始まるのだ·····。








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