見えない社員

宵-yoi-

見えない同僚

「山田君、君に新しいプロジェクトを任せようと思ってるんだ」


山田はじめ、23歳。会社に入社してから2年が経とうとしていた。目立つことなく、淡々と仕事をしていた彼に、ある日上司から思わぬ打診があった。


自分にそんな期待がかかっているとは思いもよらなかった山田は、驚きつつも心の中でガッツポーズを決めた。喜びを噛みしめながら、喫煙所でたばこをふかしていると喫煙所で先輩に声をかけられた。


「山田、お前、最近すごく成長してるよな。上もお前に期待しているみたいだぞ。」


褒められて悪い気はしないが、先輩は続けてこう言った。


「そういや、お前の同期の柳本誠って知ってるか?あいつ、聞くところによるとお前と同じで結構なやり手らしいんだよ。」


柳本誠の名前は、山田にとっても耳に残る存在だった。彼の存在が話題になる度、その仕事ぶりを称賛する声が社内に溢れているのだ。


「でもどんな奴か一度も見たことないんだよな」


煙草の煙を吐きながら先輩はそう言い、お疲れと片手を挙げて喫煙所を後にした。言われてみれば、自身も柳本誠を見たことがない。大きな会社なら一度も見たことのない同期もいるだろうと、気にも留めなかったが、この日を境に彼に対する好奇心がふつふつと沸き上がった。




ある日、山田は柳本が所属する部署に行ってみることにした。彼の仕事ぶりを確認しようとデスクを探すと、そこには確かに机があったが、柳本の姿はやはりなかった。今日まで同期や先輩に柳本のことを聞いてきたが、仕事ができる奴という噂以外何も情報はないままだ。


誰も彼の姿を見た人はいないが、それとは裏腹に机はきちんと整理されており、伝言などが書かれた付箋が彼の存在を裏付けているかのようだった。


不思議に思いながらも、諦めて自分の部署に戻ることにした。


その後も、柳本の姿を見ることはなく、社内では奇妙なことが続いた。全社員で行うオンライン会議に、柳本も出席していたが、彼だけはカメラをオフにした状態での参加だった。通常、顔を出した状態で参加するが、彼だけがそうしていないのだ。さらにおかしなことに誰もそれに触れない。柳本の名前だけがスクリーンに表示されているその違和感を、山田は酷く不気味に感じた。


数日後、社内で大きなプロジェクトが始動し、そのリーダーに選ばれたのは、なんと柳本誠だった。山田は自分がリーダーに選抜されると期待していただけに、激しい悔しさが胸を締め付けた。柳本にそのことを問いただそうと、再び彼のデスクを訪ねたが、またしても柳本の姿はなかった。ふと見ると彼の机の引き出しが少し開いていた。


いけないと思いながらも、好奇心には勝てず、辺りに誰もいないことを確認するとそっと引き出しをを開けた。中には書類やペンが無造作に置かれているだけのように見えたが、その奥に何か光るものがあった。


「これは…?」


手に取ってみるとそれは小さな電子デバイスだった。スイッチを押すと、突然画面に映像が浮かび上がり、そこには「柳本誠」の名前が記されていた。


「仮想…、社員?」

名前の下に「仮想社員」という言葉が書かれていたのだ。その下に”同期の成長意欲を掻き立てる”とも書かれていた。意味がわからず山田は混乱しながらも、そのデバイスを手に社長室へと向かった。社長にこの事実を告げるべきだと思ったからだ。社長室に飛び込むと、山田はデバイスを社長に見せ、興奮した口調で柳本の机からデバイスが出てきたことを説明した。


社長は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに落ち着いた様子で頷き、静かに語り始めた。


「そうだ、柳本誠は仮想社員だ。彼は人間ではなく、社会のバランスをとるために設計された存在だ。仕事が滞ることなく進行し、組織が円滑に運営されるためには、仮想社員の存在が不可欠なんだよ。彼がいることで、他の社員のモチベーションが高まり、問題がスムーズに解決される。柳本誠はその役割を果たしているに過ぎないんだ

。仮想社員のお陰で、言いにくいことを言わなくて済むし、いじめられることもない。ハラスメントの被害者になることも加害者になることもない。全ての労働者の盾として存在し続ける、それが仮想社員だ。」


山田はその言葉に呆然とした。仮想社員が社内で重要な役割を担っているという事実を受け入れられなかったが、社長の表情からは何か計り知れない確信を感じられた。





時は流れ、5年後。山田は課長に昇進し、社内でも責任ある立場に就いていた。そんなある日、新入社員が興奮した様子で山田のもとにやってきた。


「部長!また吉川さんのミスです。もう何度も僕たちが尻拭いしているんです。いい加減、吉川さんに注意してください!」


吉川という名前に耳を傾けた山田は、少し微笑みながら新入社員をなだめた。


「わかった、吉川には注意しておこう。」


だが、山田は吉川が部署にとっても会社にとって必要不可欠な存在であると理解していた。吉川の名前が社内で頻繁に出るようになってから、社員同士の結束が強まっているのは確かだった。部下たちは口々に吉川の失敗を話題にし、協力して解決策を見出していた。


私を含め今現在、吉川の姿を見たものは誰もいない。

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見えない社員 宵-yoi- @mugimugimugi03

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