第5章 隠し子、訪問する。

第22話 居留守と幻聴


「ノエルくん、ここではないでしょうか?」


 パンを買って、二人で昼食をとった後、ノエルたちは、宮野地区にやってきた。


 女性が目撃されたビルから、約10分ほど離れたアパート。


 築年数は20年くらいだろうか?


 作りは、比較的新しいが、外観はかなり薄汚れていて、あまりきれいと言えない。


 部屋数は、全部で八軒。

 二階建てで、一階に四軒、二階に四軒の八世帯。


 だが、そのうち、三軒は空き家のようだった。雨戸がしまっていて、ポストにも、投函防止のガムテープが張ってある。


「よし、行ってみよう」


 芦屋という男の部屋は、一階の奥あった。

 

 104号室。二人は部屋の前まで歩くと、その玄関先をみつめる。


 ホコリの被った玄関は、全く掃除がされた様子がなかった。ポストには、チラシやダイレクトメールがささりっぱなしだし、足元には、落ち葉が山を作っていた。


 全体的に暗い雰囲気の家で、彼女ができて浮かれてる男の家という感じは、全くしない。


(なんか、すごく陰気な家だな。掃除したくなる)


 このポストのホコリ具合を見れば、半年近くは磨いてない。


 縁から、家事をしっかり教えこまれ、験担木の家で、家政婦的なアルバイトをしているからか、ノエルにとっては、うずうずするような光景だった。


 だが、ここは他人の家だ。

 手も口もだすわけにはいかない。


 ──ピンポーン!


 その後、ノエルはインターフォンを押した。


 中の人はでてくるだろうか?


 できるなら、探している黒髪の女性が出てきてくれたら助かる。


 だが、その後、しばらく待っても応答はなかった。


「お出かけ中なのでしょうか?」


 ルージュが、首を傾げる。

 

 部屋の中は物音一つせず、静かすぎるくらいだった。だから、不在だとおもったのだろう。

 しかし、ノエルは


「うーん。でも室外機が動いてるし、いると思うんだけど」


 ピンポーン!


 するとノエルは、今一度、インターフォンを鳴らした。


 先程、部屋の前を通るとき、エアコンの室外機が動いているのがみえた。


 つまり、部屋の中には、暖房がついているということ。

 

 だから、誰かいると思ったのだ。


 しかし、たとえ在宅だったとしても、このご時世だ。知らない人が来た場合は、居留守を使うこともよくある。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんかー?」


 すると、ノエルは仕方ないとばかりに、声をあげて呼びかける。

 

 だが、いくら呼びかけても、その扉が開くことはなかった。



 *


 *


 *



「ん……っ」


 仮眠を取っていたルイスは、うっすらと目を覚ました。


 縛られた体制で、椅子にもたれかかったルイスは、あの後すぐに、眠りについた。


 幸い暖房は、つけたままでていってくれので、冬の寒さに凍えることはなく、きつい体制でありながら、すんなり眠れた。


 そして、数分でも眠れたら、体力も思考も、多少は回復する。


(えっと……今、何時?)


 目を覚ましたあとは、ルイスは、すぐに部屋の中を確認する。


 男は、まだ帰宅していない。

 

 たしか、男が外出した時間は、12時41分だった。


 今は、12時53分だから、10分くらいは仮眠を取れたのだろう。


 そして、普段と同じなら、あと、20分くらいで、男が戻ってくる。


(もう少し、眠れたかな?)


 あと、5分くらいは眠れたかもしれない。 


 だが、目を覚めてしまったのは、の声が聞こえたからだった。


(幻聴かな? それとも夢? ノエルの声が聞こえるなんて、さすがに重症かも?)


 監禁されて、一日と半分。


 いつ、殺されるか分からない状態で、流石のルイスも精神的には参っているのだろう。


 まるで、今際いまわきわように、可愛い我が子のことが脳裏にチラつく。


(できるなら、もう一度、抱きしめたかったな)


 あの子を、この手で抱いたのは、赤ちゃんの時が最後だ。


 父親にも母親にも、よく似ていた。


 可愛くて、愛おしくて、誰よりもなによりも変えがたい大切な宝物。


 できるなら、ずっとそばにいてあげたかったし、その成長を、間近で見ていきたかった。


 廃ビルから、こっそり覗き見るのではなく──


「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんかー?」


「……?」


 だが、その瞬間、玄関の方から声がした。


 客が来たのか?

 少年の声が聞こえた。


 そして、玄関から聞こえたその声が、ノエルにそっくりだった。


 いや、そっくりと言っでも、ルイスは、ノエルの声を間近で聞いたことがない。


 だが、年に一回、縁から届く動画の中で、ノエルを聞いていた。


 赤ちゃんの時から、毎年届くその動画には、ノエルの日常が、しっかり撮影されているため、ノエルの声を聞き間違えるはずがなかった。


 だが、ここにノエルがいる訳がない!

 

 他人の声を、我が子勘違いしてしまうほど、追い詰められているのだろうか?


 いくらなんでも、弱気すぎるぞ、ルイス!!


(ちょっと、落ち着こう……! 今のは、ノエルじゃない。絶対ノエルじゃないから)


「すみませーん! 俺、姫川と申します! 聞きたいことがあるので、よかったら、あけていただけませんか?」


「!?」


 姫川!?

 今、姫川っていった!?


 玄関先に、突如あらわれた(おそらく)中学生に、ルイスは酷く動揺する。


 姫川は、元・助手の苗字だった。

 ノエルを育てている男の名前。


(っ……ノエル?)


 もしかして、本当にノエルなのだろうか?


 扉の前には、可愛い我が子がいた。


 しかも、その可愛い息子が、扉をあけてほしいと叫んでいる。


 できるなら、今すぐ、開けてあげたい!

 駆け寄ってだきしめたい!


 だが、そんなことをすれば、ノエルは、びっくりするだろう。


 女装している今の自分は、ノエルにとっては、見知らぬ女だ。


 いや、探偵のルイスだって、ノエルにとっては、見知らぬ男だ。


 なにより、なぜ今、このタイミングで、ノエルが誘拐犯の家にやっていているのか!?


(いや、待って。ホント、待って! ヤバい、ヤバい、ヤバイ……!)


 普段、冷静なルイスも、かなりのパニックに陥っていた。

 

 今しがた仮眠をとって、脳内はスッキリしたはずなのに、なぜか『ヤバい』という単純な単語した浮かばない!


(待って、ほんと、待って!? これは、マズイ!)


 そして、どういう経緯で、ノエルがここにいるのか?それは、探偵のルイスにも、さっぱりわらなかった。


 だが、この状況は、どう考えてもマズイ!


(……まだ、帰ってこないよな?)


 時計を睨みつけ、男の帰宅時間を推理する。


 彼は、どこに買い物に行った?


 昨晩は、コンビニだった。


 きっと、徒歩10分もかからない場所なのだろう。30分ほどで帰ってきた。


 その前の昼は、スーパーまで行ったのか、カップラーメンや惣菜を買ってきた。

 

 順当に行けば、スーパーだ。


 だが、先ほど片付けをしているし、昼もとっくに過ぎている。


 なら、おなかはすいているだろうし、遠くのスーパーではなく、近くのコンビニの可能性が高い。


(もしかしたら、もうすぐ帰ってくるかも?)


 ルイスは、じわりと汗をかく。

 

 もしも、このタイミングで男が戻ってきたら、ノエルが、心中男と鉢合わせしてしまう。


 そして、鉢合わせしたら、下手をすれば殺されるかもしれない。


(なんとかして、追い返さないと……っ)

 

 縛られ、身動きもできず、声すら出せない。


 そんな状況でも、ルイスは、必死に打開策を模索する。


 大切な息子が、危険な男と出くわしてしまわないように──…

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