第21話 思い出と不用品


「スゲー、綺麗になってる」


 ルイスが、せっせと床を拭いていると、頭上から男が声をかけてきた。


 あれから、キッチンの掃除を始めたルイスは、不用品と思わしきものを、ほぼほぼゴミ袋につめこんだあと、食器を荒い、皿を片付け、シンクを磨いた。


 掃除用の洗剤などは、一応あった。


 使ってないのか、かなりのホコリが被っていたが、使用するのに問題はなかった。


 そして、ある程度、キッチンは使える状態になった。


 生ゴミなどが散乱し、生臭い匂いがしていたが、これまたホコリが被っていた消臭スプレーを使い、なんとか誤魔化した。


 そして、見違えるように綺麗になったキッチンをみて、男は驚いていた。


「お姉さん、掃除、得意なんだね」


「そうかなー? 一人暮らしが長いからかも。それより、ここにあるもの、全部捨ててもいい?」


 すると、ルイスは、テーブルの上を指さした。


 そして、そこには、あきらかに使っていなさそうなものが並んでいた。


 いつ貰ったのか分からない未開封の割り箸や欠けた食器。クシャクシャになったビニール袋や錆びた包丁。そして、期限切れの調味料などが、デーブルいっぱいに並んでいた。


 すると男は、首を傾げながら


「捨てる? でも、いつか使うかもしれないし」


「いつか? 使わないと思うよ? 割り箸は、お弁当を買う度に、毎回もらってくるんでしょ? こんなに必要ないし、ビニール袋だって、数枚あれば十分。調味料は、使ってないから期限切れてるわけだし、欠けた食器を使うのは危ないよ。それに、この後、私とするんでしょ? なら、なんて、こないわ」


「………」


 ルイスが、男の目を見て、にこりと笑う。


 確かに、心中してしまうなら、この先なんてこない。

 

「そっか……それも、そうだ」


 すると、男はハッとしたように呟き、その後、目を伏せた。


 長い前髪のせいか、顔は、はっきりしない。

 だが、部屋を片付ける時は、思い切りも必要なのだ。


 するとルイスは、男の返事を素直に喜び、また一つ、ゴミ袋をとりだす。


「じゃぁ、全部、捨てちゃうね?」


 そう言って、テキパキとテーブルの上にあるものを捨てていく。


 残っている調味料は、シンクに流し、割り箸は全て処分し、ビニール袋は、数枚だけ残した。そして、いらない食器は、リビングの隅に重ねて置いてあった雑誌のページを破き、一皿一皿、包んで燃えないごみ袋へ。


 ついでに、錆びた包丁も二本ほど包んで捨ててみる。

 この家には、なぜか包丁が、4本もあった。


 刺身包丁やパンナイフといった種類が違う包丁ではなく、全て同じ万能包丁。

 

 なんで、こんなにあるんだ?

 どう考えても、いらない。

 実際、使ってないみたいだし。


 そんなわけで、包丁も処分し、さりげなく凶器になりそうなものも本数を減らしてみる。


 だが、包丁を処分し、残りの食器を捨てようとした時


「それは、捨てなくていい」


「……っ」


 突然、男に手を掴まれた。


 全部、捨てる気になったと思ったが、どうやら違ったらしい。


 そして、今ルイスの手にあるのは、マグカップだった。


 男が使うにしては、少々、可愛らしいカップだ。色はピンクで「happiness」というオシャレなロゴがプリントされている。


 そういえば、先程、食器棚を片付けた時に、同じロゴがプリントされた、ネイビーのマグカップがあった。


 きっと、このカップと対になっているのだろう。だが、ネイビーの方は、まだ使えるが、こちらのピンクの方には亀裂が入っていた。


 使えなくはないけど、使っていないなら、捨てればいいと思った。


との思い出だった?」


 カップを捨てるなという男に、ルイスが問いかける。すると、男は


「別に、そんなんじゃない」


「そう」


 だが、そんなんじゃないといいつつも、未だに手を離さないところを見ると、捨てたくないのだろう。


 するとルイスは、マグカップをテーブルの上に置き


「じゃぁ、このカップは、食器棚に戻すね?」


 そう言って、また別の食器に手を伸ばした。


 その後、いらないモノをすてさり、食器を棚に戻すと、テーブルが、綺麗さっぱり片付く。


 だが、一段落ついたそのとき、男がロープを手にして、ルイスの元に近づいてきた。


「俺、昼メシかってくる」


 そう言って、男は、再び、椅子に座るようルイスに促す。


 さっきまで座っていた木製の椅子。


 そして、後ろ手に縛られると、椅子ごと身体を拘束され、最後には、足も縛られた。


 男が家を出ていく時は、必ず、こうなる。


 まぁ、外出中に、心中相手が逃げたら、計画が丸潰れになるため、そうするのも理解できるが……


「逃げたりしないのに」


「信用できない」


「そっか。彼女なのに残念」


 多少打ち解けたが、まだ主導権は彼にある。

 ルイスは、しゅんとしつつも、男の指示に従った。


 だが、昨日もだったか、男は昼過ぎには買い物に行く。


 なにより、キッチンを掃除して思ったのは、自炊は全くせず、食事はコンビニやスーパーで弁当を買って食べていた。


 そして、買い出しにいくと、だいたい30分は戻ってこない。


(まぁ、そう簡単に信用されるなんて思ってないけどね。それに、出ていってくれるなら、この間に、仮眠をとれる)


 ルイスは、男といる間、全く眠っていなかった。

 

 というか、いつ襲われるか分からないこの状況で、眠れるわけがない。


 とはいえ、ルイスは探偵だ。


 夜通し、張り込むことも珍しくないくないため、3日連続で徹夜をするのは、日常茶飯事。


 そんなわけで、過眠のとり方もプロだった。

 

 ルイスは、短時間で疲れが取れるよう、集中して眠ることができる。


 まさか、探偵業で培ったスキルが、こんなところで役にたなんて思わなかったが……


「じゃぁ、行ってくるから、大人しくしてて」


「うん、わかった。そうだ、ついでに、ゴミ袋も買い足してきて?」


「え? マジで?」


「うん。だって、まだまだゴミがたくさんでそうだし!」


「………」


 その後、可愛らしく微笑むルイスの口をガムテープ塞ぐと、男は声すら出せない状態にした。


 これも毎回のことだが、少々、苦しい。


 だが、男が部屋から出ていくと、その空間は、一気に静かになった。


 誘拐犯がいなくなり、一人きり。


 ルイスは、未だに散らかりまくった部屋の中で、ホッと息をつくと、今のうちにと、椅子にもたれかかり目を閉じた。


 体力を回復させるためにも、15分だけぐっすり眠る。


 それが、無事に生きて帰るためにできる、最善の方法でもあった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る