第2話 父親と父親


【ノエル君。今日は、お暇でして?】


 12月23日。午前8時54分。


 父親から、衝撃的な事実を聞いた、次の日の朝、ノエルは、幼馴染からのメッセージで目を覚ました。


 LIMEライメのメッセージには、今日の予定を確認する言葉が表示されていた。


 きっと『勉強を一緒にしよう』とか『駅前の喫茶店にパフェを食べに行きたい』とか、そんなところだろう。


 だけど、昨夜、眠れなかったせいで、ノエルは、起き上がる気力すらなかった。


 スマホで時刻を確認すれは、もうすぐ9時。

 そして、昨日も、ちょうど夜の9時前だった。


 父から、とんでもない事実を聞かされたのは──


「はぁぁぁぁ、マジかぁぁぁ!!!」


 枕に顔を埋めながら、ノエルは絶叫した。


 父親だと思っていた人が、父ではなかった。

 それどころか、全くの他人だった。


 13年!

 いや、14年も一緒に暮らしてきたのに!!


「今更、そんなこといわれても……っ」


 確かに、子煩悩ぶりが行き過ぎて、煙たいと感じることもあったし、殴り合いにならない程度の親子喧嘩だってしたことがある。


 だけど、一緒にいるとなんだかんだ安心したし、優しい父のことが大好きだった。  


 それなのに、突然、父親ではないと言われるなんて──…


「はぁ……これから、どうしよう……っ」


 泣きそうになりながら、ノエルは昨夜の話を思い出す。


 ノエルの本当の父親の名は、ルイス・クロード。世界的に有名な名探偵らしい。


 そして、父のえにしは、若い頃、ルイスの助手をしていたらしく、そのルイスから、ノエルを預かったそうだ。


 更に、預かった理由を聞けば、こんなことも言っていた。


『探偵の仕事というのは、危険な仕事なんだ。命を狙われることもあるし、恨みだって買いやすい。だから先生はノエルのためを思って、俺に預けたんだ。それと、今まで35歳といっていたけど、俺の本当の年齢は30歳だ』


 しかも、年齢までサバを読んでいた。


 13歳の息子がいても違和感がないよう、ノエルにも、世間的にも、35歳で通していたらしい。


 もう、何が本当で、何が嘘なのかが、全くわからない!!


 ──ピコン!


 瞬間、また幼なじみからLIMEが届いた。


 既読が着いたのを確認したのだろう。返事を打つ前に、次のメッセージが送信されてきた。


 そして、そのメッセージには


【一緒にランジェリーショップに、行ってくださいませんか?】


 そんなメッセージが書かれていた。


 うん、よく誘われるんだよ。ファンシーな喫茶店とか、ねいぐるみがいっぱいの雑貨屋とか、水族館とか、サーカスとか、美術館とか。


 で、今回は、ランジェリーショップか。

 そうか、ランジェリー……ランジェリー…


「て、行けるかァァァ!!!!」


 瞬間、寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。


 思わずスマホを枕に投げつけ、ノエルの顔は真っ赤になる!


 だって、ランジェリーってだろ! 女子がつける下着的なやつ!!


【行きません。男子が入っちゃまずいだろ!】


 すぐさま返事を送信する。

 相変わらず、奇想天外な幼なじみだ。


 顔は可愛いし、めちゃくちゃタイプだし、ぶっちゃけると、片思い中だ。


 だから、どんなワガママもつい聞いてしまうし、そんなところも可愛いなって思うけど、さすがにそのワガママには付き合えない!


【そんなことございませんわ。男性も入れるショップなのは確認済みです。ですから、お気になさらないで♡】


(お気になさらいでじゃねーよ!?)


 しかも、入念に男も入れるかどうか確認済みって、どういうこと?!


 連れてく気満々じゃねーか!

 でも、無理! 絶対、無理!


(……このまま、既読無視だ)


 もう、何を言っても負けそうな気がして、早々に戦闘放棄を決め込んだ。


 すっかり目も醒めたし、とりあえず朝ごはんにしよう。


 ベッドから抜け出したノエルは、部屋着姿のまま、リビングに向かった。


 ノエルの家は、2LDKのマンションだった。


 3階の角部屋は、とても開放的で、父と二人で暮らしには十分すぎるくらいの広さがあった。


 そして、リビングにやってきたノエルは、その流れでテレビをつけた。


 昨日のニュースは、あれからどうなったのだろう?


 なんとなく探偵のことが気になって、ニュースを流しながら、スマホでも検索する。


 「探偵 ルイス 行方不明」と検索ワードを入力しsearchすれば、トップページに、例のニュースの記事がでてきた。


 すると、昨日から状況は変わっていないらしい。探偵が見つかったという続報はなかった。


(まだ、見つかってないのか)


 父親だといわれても、全く実感がない。


 だけど、いなくなったホテルが、この近所にあるホテルだからか、心配ではあった。


 これは、父親がというよりは、身近な場所で、人が一人が行方不明になったという事に。


「父さんは、どこに行ったんだろう?」


 その後、ふと気になったのか、ノエルはリビングを見回す。


 確か、今日の仕事は休みだった。

 だが、父がリビングにいる気配はなかった。


 それに、本当の父ではなかったわけだし、もう父というのは違うのかもしれない。


 でも、生まれた時から、ずっと一緒だった。


 母親はいなかったけど、その分、父には、たくさん愛情をもらった自覚がある。


 それなのに、父ではなかった。


 なら、これから、どう接すればいいんだろう?


「もう、父さんって言っちゃダメなのかな?」


 父にとって自分は、探偵から預かった他人の子。なら、もう父と言ってはいけないかもしれない。


「あ……」


 瞬間、ダイニングテーブルの上にメモが置かれているのが見えた。


 それが父が書いたいたものだと分かって、ノエルは、恐る恐る近寄る。


 するとそこには、確かに父である姫川 縁の字でメッセージが書かれていた。

 


────────────────────

 ノエルへ


 先生を探しに行ってくる

 朝食は、冷蔵庫に入ってるから温めてたべて

 夕方には帰ります

             エニシ

────────────────────

 

 どうやら、もう家にはいないらしい。


 メモには、読みやすく綺麗な字で、そのようなことが書かれていた。


 そして、先生とは、例の探偵のことなのだろう。


 昨日も、探しに行くと言っていたし、朝早くにでかけたのかもしれない。


「まぁ、知り合いが行方不明になったら、心配だよな?」


 父にとって、ルイスは他人ではない。

 昔、一緒に働いていた同僚のような人。


 なら、心配だろうし、いてもたってもいられないだろう。


「なんだか……いつもと変わらないな」


 だが、何もかもが覆された状況でも、残されたメモの雰囲気は、いつも通りだった。


 だからか、ノエルは、ほんの少しだけほっとする。


(父さんは、俺のことを、どういう気持ちで育てていたんだろう?)


 血は繋がっていなくても、息子のように思っていてくれただろうか?


 少なくとも、自分にとって、父といえる人は、一人だけだった。


 たとえ、本当の父親が分かったとしても、俺にとっては、姫川 縁だけがだ。


 ──ピンポーン!


「ん?」


 瞬間、インターフォンが鳴った。


 一体、誰だ?──と、ノエルはモニターの前に移動する。


 すると、そこに映っていたのは


「ノエルくん! 既読無視なんて酷すぎますわ!!」


 そう言って、不機嫌そうに頬をふくらませていたのは、ノエルの幼なじみである――二階堂 真紅ルージュだった。

 

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