第16話

薄くなっていたが、石に釘で彫りつけた文字が読み取れた。生唾を飲み込み、上がってくる息を必死に落ち着かせる。





「どうしたの? なにか見つけた?」





 いつの間にか穴掘りをやめて俺の真横に立つ優司を見る勇気は俺にはない。冷や汗が止まらない。



 問いたいが、答えは聞きたくない。





「あぁ、見つかちゃったか……」





 横でクスクス笑いながら『お母さんのはか』に近づく優司を黙って見ていた。



 あってはいけない墓。俺の中でお母さんが誰なのか答えは出ている。





「中学2年の頃かな……いきなり家に帰ってきて、もう一度3人でやり直そうって言ったんだよ」





 墓石を蹴りながら話す優司。虚ろで暗い瞳には悲しみではなく、怒りが見える。





「勝手に男作って出て行ったのに、図々しいと思わない? だから、ここに連れてきて埋めたんだ。僕にはずっと側にいてくれる友達がいるからいらないって」





 ニッコリと微笑む綺麗すぎる笑顔に、恐怖が俺の全身を駆け抜ける。




 ずっと側にいてくれる友達って俺のことか?




 泳いだ目で見ていると、すぐ近くまで歩み寄ってきた優司が俺の泳いだ瞳を捕まえるように目を覗き込む。





「忘れちゃったの? あの女が出てって僕が泣いている時、幸平が言ったんだよ。俺がずっと側にいるから泣くなって……だから僕、あれから泣いてないんだ」





 泣いていない? 思い出すと、チロの死体を埋めた時も優司は仕方ないよと涙は無かった。




 俺が涙を止めたから母親を殺したのか?

 俺が優司をこんなふうに変えたのか?




 頭が混乱して、俺はその場で膝を付いた。胃がひっくり返ったように嘔吐する。




 ――聞きたくない。




 ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返し、胃液を吐き続けている俺の背を優司が優しく撫でる。一瞬、触れられたことに息が止まり声にならない悲鳴が喉を通った。





「そんなに具合悪かったんだ? 仕方ない……後は僕がやるから幸平は休んで」





 よろよろと立ち上がりスーツケースの隣に膝を抱えるように座る。



 穴を掘る優司をぼんやりと見て、混乱する頭を必死に整理した。




 必要ないから殺した。




 もしかしたらチロも優司が殺したのかもしれない。全然、優司に懐かないチロを自分には必要の無いものだと感じていたかもしれない。




 俺は震える体を必死に抑え、優司の母親が居なくなった日のことを思い出す。

 


 あの日は夜遅くなって優司とおじさんが家に訪ねてきて、母親が帰らないので探しに行くから優司を預かって欲しいと置いていったのだ。




 ――その時、優司はずっと泣いていた。

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