わたしの決意
「おめでとう、亮太郎くん……! すごいね、よかったね」
「ありがとうございます」
冬の終わり。ちゃっかり第一希望の大学に合格して、うちでのお祝いの会に招かれている、亮太郎。
「本当、よかったよな。加瀬も菜乃子も、よろこんでるだろ?」
「はい」
お父さんの言葉に、亮太郎もうれしそうにうなずいたんだけれど。
「高校卒業しても、花のこと頼むよ。なんか、花と亮太郎見てると、昔の俺と加瀬を見てるみたいで。加瀬には世話になったから」
「人聞きの悪いこと、言わないで」
いろいろな意味で、迷惑な話。
「わたしは、お父さんと違うもん。お父さん、高校のときとかは部室に女の子連れ込んで、犯罪まがいなことも無理矢理したりしてたんでしょ? 亮太郎も言ってるもん。軽音部なんて、そんなもんだって」
「亮太郎が、そんなことを……」
「花……! それ、誤解を招く。俺、花のお父さんがそんなことしてたとは言ってませんから」
お父さんに気を遣う必要なんかないのに、亮太郎があわててる。
「そうだよ、花。お父さんに謝らないと」
お母さんも口を挟んで、話がややこしくなりそうな予感。
「お父さん、学校にだけは、そういうのを持ち込まなかったんだから。絶対にばれようのない安全な人を自分の部屋に連れ込んで、きちんとした合意の上で……」
「……もう、いいよ。俺の話は」
予想どおり、ため息をついた、お父さん。
「花も再来年は受験だろ? 頑張って、亮太郎と同じところでも受けてみろよ」
「わたし、進学しないよ」
「え?」
一斉に、わたしに視線が集まる。
「行きたい学校、特にないもん。就職する」
「じゃあ、何がやりたいんだよ?」
「べつに。働けるなら、何でもいい」
早く。少しでも早く、大人になりたい。今のわたしが望むのは、それだけなの。
「話にならない」
お父さんは、あきれ顔。お母さんも困った表情で、わたしとお父さんの顔を交互に見てたけれど、亮太郎だけはわたしの真意を理解しているのか、一人で何かを考えていた。
「ごめんね、亮太郎。せっかくのお祝いだったのに、雰囲気悪くしちゃって」
コンビニに行くついでに、亮太郎を駅まで送る途中、めずらしく亮太郎が黙ったままだから、わたしの方から口を開くと。
「もう、やめろよ。いいかげんに」
びっくりするほど、強い口調で亮太郎が返してきた。
「響くんのせいで、花の人生がめちゃくちゃだよ」
「そんなことない……!」
さっきまでの亮太郎への申し訳ない気持ちが、今の言葉で吹き飛ぶ。
「亮太郎に、わたしと響くんの何がわかるの? わたしの人生だもん。わたしがいいと思えば、それでいいじゃない」
「花は、響くんのことを美化しすぎてるよ。勝手に、響くんを完璧な人に仕立てて。俺は、花の知らない響くんの話も知ってる」
「やだ……! 聞きたくない」
その場に座り込んで、耳をふさいだ。
「そんなの、聞きたくな……」
わかってる。そんなこと、言われなくても。
「ごめん」
「謝るくらいなら、言わないで」
こんなふうに、亮太郎に当たってもしょうがないのに。
「花」
亮太郎もしゃがんで、わたしの両手を握った。
「とっくにわかってると思うけど、俺は……花が、本当に好きなんだ」
「……知ってる」
それはわかっていたし、こんなわたしのことを想い続けてくれていることに、感謝もしてきた。
「響くんに魅力があるのは、わかるよ。響くんのこと、俺も好きだし。でも、花には無理だよ」
「歳が離れすぎてるから?」
「そういう問題じゃない。現実的じゃないよ」
「…………」
いちばん、聞きたくなかった言葉かもしれない。
「花のこと、そういう目で見れるわけないよ。友達の子どもなんて」
「子どもじゃなくて、大人になったら? 「四年後。わたしが、二十歳になったら?」
一度は、ちゃんと伝えたい。子どもだからという理由では、拒否できない歳になったら。あのとき、響くんにも言ったんだもん。好きな人に好きって、はっきりと伝えたいって。それくらい、許してもらえるよね……?
「俺、待ってる。あと四年。花の二十歳の誕生日まで」
「そ……そんなの、無理に決まってるでしょ?」
驚いて、目の前の亮太郎を見た。
「無理じゃないよ。今までだって、ずっと待ち続けてきたんだから」
たしかに、それはそうなんだけど。
「亮太郎は、絶対に無理だと思ってるんだ」
「うん。言い切れる」
「そんなこと、わからないじゃん……!」
「花!」
立ち上がると、亮太郎に背を向けて走り出した。何があるかなんて、誰にもわからないじゃない。わたしのお母さんだって、あのお父さんと結婚できるとは夢にも思っていなかったはずだもん。
決して、可能性はゼロじゃない。
四年後の誕生日、わたしは響くんに気持ちを伝える。わたしの響くんへの想いが、どれほど真剣で、変わることのないものなのか ―――― 。
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