第17話 体育の授業と秘密の話

「ふわぁぁぁ……暇だなぁ」

 太陽が燦々眩しく輝いて、それに負けないくらいの黄色い声が飛び交うグラウンドを眺めながら静かな教室で俺はため息をつく。


 時間は3時間目、体育の時間。

 今日は女子はグラウンドでサッカー、男子は教室で保健の座学……のはずだったんだけど今日は体育の先生が娘が急に体調を崩したとかで自習の時間になった。


 自習があるってわかってたらトランプとかミシンとか色々持ってきて楽しい時間になってたはずだけど、急に決まっちゃったから何の用意もなし、つまり退屈な時間。

 テスト前以外の自習時間に勉強もしたくないし、今の俺に出来ることは先生の娘さんの健康を祈りながらキャッキャと楽しそうに体育をする女の子を見ることだけです。体操服の女の子は健康にいい。


「……柊木、頑張ってんな。昨日練習、したもんな」

 そしてどれだけたくさんの女の子がいようとやっぱり柊木の事を目で追ってしまう。

 グラウンドの中心でボールに積極的に触りに行って、パスにディフェンスに大忙しで大活躍な健康的な体操服姿の柊木を……ふふっ、昨日の練習の成果、出てるみたいで良かった。


 昨日家に帰ってから「明日サッカーの試合あるから練習手伝って!」って言われて、家の庭でしたパスとかシュートの練習とか、戦術を覚えるという名目でプレイしたウイイレとか……そう言う練習の成果が出てるみたいでなんか見ていて嬉しいな。


「お、ゴール決めた! すごいぞ、柊木やるじゃん柊木! スーパーシュート!」

 このシュートは本当にすごい! 結構な距離あるミドルシュートをゴールに叩きこむなんてなかなか出来ることじゃないよ、家に帰ったらべた褒めしよう! 


「やったね、亜理紗! すごいよ亜理紗、ナイスゴール!!! ん~、亜理紗~!!!」

 そして一人で観戦してる俺がこんだけ盛り上がってるんだから、グラウンドの方はもっと大盛り上がりなわけで。


 柊木の親友の飯田真衣いいだまいちゃんがピンク色の声を上げながら後ろから抱き着いて、それにこたえるように柊木も嬉しそうにぴょんぴょんとジャンプして、その度にたわわな……おっとっと。俺は純粋な気持ちで応援してるんだ、だからそんな……

「おー、相変わらず凄いですな、柊木さんは! 体操服姿は特に眼福! ジャンプするためにぽよんぽよん柔らかそうに、それでいてダイナミックに揺れて……くー、これを独り占めできる日向が羨ましい!」


「……なあ、翔太それってセクハラって言うんだぜ、変態さんかな? そんなバカなこと言ってないでサッサと自習しなさい、後まだ俺のもんじゃないでーす!」

 ……背中越しに聞こえてきた翔太の声にそんなツッコミを入れる。


 お前の席、もっとあっちだろ、余計なこと言わずに自習をしてきなさい! そんな目で柊木を見るんじゃありません!

 あと俺のもんじゃないし、触ったことも見たこと……は、去年の夏プールで水着の柊木と……嘘嘘まだまだない、何もない!


「勉強もせずにずーーーっと窓から女子の体育見てた人に言われたくないね、そんな事! それに日向も見てたんだろ、柊木さんの事!」


「うぐっ、そりゃあ見てないって言えば嘘になるけど……でもそう言うんじゃなくて柊木を素直に応援する気持ちで見てたんです! そんな目では見てません!」


「かぁー、えろー強がりまして! そんなに強がらなんでも素直になればよろしいのに! ほら、お前も見てたんだろ、柊木さんの胸を! あのくびれた身体のラインを、あのたわわに実った双丘を!」


「言い方キモいな、翔太! 何だその言い方、そんな言い方柊木にするな、そんな目で柊木を見るな! それに俺はそんな目で柊木を……って言うかそんな声出して大丈夫なのか? みんな自習してるんだろ?」

 話の矛先を変えるため、ってのが一番だけどでも流石にうるさい! 

 一応自習の時間だよ、今は!


「いや、もう誰も自習なんてしてねえよ。ほら、見てみろみんなおしゃべりか、ゲームか……こいつみたいに生け花してるか、そんな人しかいないぜ」


「いや、なんで生け花してるんだよ。教室だぜ、ここ」

 翔太に指さされた隣の本田新ほんだあらたは熱心に生け花を……いや、確かにちょっと変だとは思ってたけど。

 いつもこういう時間は「日向、日向!」って感じで話しかけてくるけど今日はやけに静かだな、とか思ってたけど。どこから持ってきたんですか、その生け花セット?


「ん、これ? 僕マイ生け花セット常に持ち歩いてるからね! 日向と翔太もする? みんなで生け花、楽しいよ! 心があらわれるかんじだからね!」


『いや、遠慮しとく。なんか大変そうだし』

 意図せず翔太と言葉がはもる。

 なんか花の配置とかそう言うの難しそうだし、ちょっと俺には出来なさそう。


 俺たちの返事に少しだけ新は口を尖らせて。

「えー、二人ともやってみようよー! 日向とか手芸得意だし、創造性もあるし結構向いてると思うけどな? 本当にやってみない、日向?」


「アハハ、マジ? まあ機会があったらやってみようかな?」


「お、言質取ったかんね! また絶対だよ!」

 そう楽しそうに笑うともう一度自分の生け花の世界に戻っていく。


 よし、それじゃあ俺も部室から色々取ってきて……

「おーい、逃げんな日向! まだ柊木さん関連の話終わってねぇべ? ほら、素直になれ、素直に白状するんだお前も見てたんだろ、柊木さんのおっぱい!」


「だーかーら、俺は柊木はそんな目で……あ」

 見てない、といつも通りの言葉を出そうとした時グラウンドの柊木とぱっちり目が合う。


 窓際で騒いでる俺たちに気づいたんだろう、キョトンとしたような顔で俺の方を見てきて……やばい、話してる内容が内容だけにちょっと気まずい。

 と、とりあえず、こういう時はえっと、一旦……


「……!」

 取りあえず、目が合ったとき定番って感じで柊木に向かって笑顔で手を振る。


「⋯⋯! ⋯⋯!!!」

 手を振る俺を認識した柊木はそのまま目を逸らして試合に戻ろうとしたけど、でもすぐに真衣ちゃんに捕まって。

 そのまま恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに手を振り返してくれて……ああ、なんかいい! なんかすごくいい、これ! もっと手振っちゃう、柊木! 亜理紗!


「ん~、日向……はは~ん、なるほど! こんなところでいちゃいちゃと……なあ、日向俺も手振って良い?」


「だーめ! これは俺にくれたやつだから!」


「かー、ケチかい、独占かい! そこまでせんで……あ、でも真衣ちゃんいるじゃん! おーい、真衣ちゃーん! まーいちゃん!!! 真衣ちゃーん!!!」


「翔太うるさすぎ、後で怒られるぞ……ふふっ、柊木頑張れ!」

 ハートが飛びそうな声で柊木を捕まえている城戸さんに声援を送る翔太に少しため息をつきながら俺も柊木に小さく応援の声を送った。




「……!」


「亜理紗? ……! 亜理紗、そこは答えないと! 鮫島君が手振ってくれてるんだよ、ちゃんと答えてあげないと!」


「え、でも真衣、その……恥ずかしいよ、なんか……」


「もう、恥ずかしがらないの! ほらほら、鮫島君にお返しだ!」


「うっ、うー……さ、さめじまー……アハハ」

 恥ずかしい気持ちを抑えて鮫島に手を振る。

 私の動きに呼応するように鮫島ももっと手を振ってくれて……ああ、なんかすごい嬉しい! なんというか……嬉しいな、こんな時まで日向と……えへへ、嬉しいな!


「むー、なんかずるい……って、翔太君! 翔太君だ、翔太君が私の名前呼んでる! おーい、翔太君! 翔太君! 翔太くーん♡」


「怒られちゃうよ、真衣……えへへ、ひなたぁ……えへへ」

 私を拘束したまま、大きな声で隣の小沢君にピンク色の声援を送る真衣ちゃんに少し呆れながら、私も小さく聞こえないような声で日向に声を送る。


 その後、しっかり先生には怒られちゃったけど……えへへ。



 ☆


「ただいまー! ただいま日向が帰りました!」


「ん、ひな、んん。ちょっと待って……こほん、お帰り鮫島。今日も部活お疲れ様」

 今日も今日とてイチャイチャを見せつけらるながらエプロンを作る部活を終え家に帰ると、少し慌てた様子で私服姿の柊木が玄関先まで出迎えてくれる。


 今日はエプロンつけてないし、口の端におせんべいの食べかすついてるし、目が狩人みたいにギラギラしてるし……さてはお菓子食べながら一狩りしてましたか?


「アハハ、お恥ずかしながら。今日はまだおばさん帰ってないから、ちょっと一人でゲーム楽しんでたんだ」


「ふーん、そっか。楽しかったらよかった! それじゃあ俺は着替えてくるから、降りたら一緒にしようぜ!」


「あ、鮫島!」

 そう言って着替えに行こうとした俺の制服を柊木がギュッと掴む。


「……柊木?」

 振り返ると「どうして掴んでしまったんだろう?」という風に顔をあたふた恥ずかしそうにしていて……どうしたの、本当に?


「あ、えっと、その、えっと……あ、あのさ、今日の体育の時さ、鮫島私に向かって手振ってくれたよね?」


「うん、目あったからね。あ、もしかして嫌だった?」


「ううん、嫌じゃない! 少し恥ずかしかったけど……でもなんか嬉しかった。なんか普段は一緒にいれないところで、交わっちゃいけないところでなんかしてるみたいで……なんだかいつもよりもっとドキドキしてふわふわして嬉しかった、楽しかった、なんかよかった!」

 顔を赤くして少し俯き加減で、でも俺の方を上目遣いで見ながら。

 楽しそうにニコニコと笑って柊木がそう言って。


「ふふっ、そっか。実は俺も一緒、なんだか嬉しかった。なんか授業中に手を振って、秘密感というかこっそりというか……そう言うので凄い良かった。俺も嬉しかった、楽しかったよ」


「鮫島も同じ風に……えへへ、やっぱり嬉しいな。これからもああ言うこと、してくれていいんだよ? ドキドキしちゃうけど、ぽかぽかしてずっと日向の事考えちゃうけど……でも嬉しい、から。だからまた……ヒミツのこと、しようね」

 少し熱を帯びた息をふわっと吐きながら。

 ゆらゆらと身体を揺らしながら紅潮した頬でニッコリと笑って。


「……柊木、俺も……」


「あ、ちょっと待って、なんか私凄い恥ずかしいこと……あ、ひひ、鮫島! そ、そのさっき言ったことは忘れていいから! そ、そのははは早く着替えてきて!」

 俺の言葉を待たずに柊木はぴやーっと恥ずかしそうにリビングの方に戻っていってしまって……アハハ、全く柊木は。積極的なのか恥ずかしがり屋なのかわかんないや。

 でもそういう所もやっぱり好き。


「うん、着替えてくるよ! 着替え終わったら、一緒に一狩り行く?」


「……うん、行こう。待ってるね」

 リビングから聞こえた蚊の鳴くような小さな声に「了解!」と返事して、着替えるために自室に向かう。



 ……ヒミツの事はもうしてるんだよな。

 一緒に住んでること自体がみんなにはヒミツの事で……だから俺もずっとドキドキしてる。



 





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