第32話

「出てきて良いですよ北木課長」



「済まない」




 紙袋から出て北木がちょこんと絵里の隣に座り、固まった体を解すように小さな手足を伸ばす。



 絵里は北木の様子に微笑みながらコンビニの袋からおにぎりを取り出して頬張った。




「クズハって仕事できるみたいですね」



「そうだな。もとに戻ったら見習わないとならないな」



「クズハは真面目で仕事がよく出来る」




 ベンチの後ろからエニシが頷きながら現れ会話に加わる。そのまま北木の隣に座り、絵里の昼食が入っているコンビニ袋に手を伸ばしおにぎりを取る。




「ちょっと、私のお昼よ! それと、エニシの姿って周りに見えてたりしないでしょうね?」




 朝から真紀をはじめ、周りから不審な目で見られているのを感じている。



 今更だが人気がない公園だからと言って、もしも会社の同僚に狐のぬいぐるみだけでも痛いのに、加えてコスプレ男まで一緒にお昼を食べる姿を目撃されたら目も当てられない。




――変な人認定されて私の色々なこれからが終わる。




 絵里のコンビニ袋から取り出しおにぎりを頬張りながら、エニシは着物の袖から葉っぱを出して北木の頭に置いた。




「これで三人とも周りから見えない。クズハの様子はどうだった?」



「エニシのことがばれないように、近づいてないわよ。それよりずっと不思議なんだけど、縁朱神社と結糸神社ってどんな繋がりがあるの? エニシのとこって学問の神様で、今騒がれている縁結び関係ないじゃない」




 神社関係の人間が商売の為に策を張ったのかと思っていたが、エニシの話では神様も相手の神社に通っていると言っていた。



 エニシは頭を掻き、大きな尻尾を揺らすと困ったような顔で説明する。




「事の発端は、狐達の間では縁朱様に一目ぼれした結糸様が神社の名前に託けて考え出したものを、神主の夢枕に立って囁いたのだと噂になっている」



「縁朱神社から結糸神社に絵馬を……縁を結ぶってことか。それを結糸様が縁朱様に出会うために企てたってこと?」



「縁を手繰り寄せるのは結糸様の本業だしな。そのおかげで、俺はクズハと出会えたのだから有難い限りだ」




 縁朱神社の絵馬が結糸神社に掛けられる珍事に、何事かと縁朱様が結糸神社を訪れ結糸様と出会う。




――学問の神様でも恋の策略には気づかなかったのね。




「恋愛に関係ないと言っていたが、縁朱様は恋愛成就の後に活躍なさる」



「子供が生まれ受験生になったときか……巡り巡って行くと言うのだな」




 北木は上手く出来ているものだと頷き、絵里を見上げ目が合うとクスクスと笑う。



 普通ならば人が知りえない裏話。神様の恋愛事情に驚きはあったが、なんだか身近な話だと感じたのだ。



 絵里は手に残っていたおにぎりを口の中に押し込み、お茶で一息つくと腕時計で時間を確認し立ち上がる。




「そろそろ戻って仕事しないと……」




 紙袋を広げて北木を入れようとしている絵里の背中に、鋭い視線が突き刺さる。




――なに? 今って姿は見えないはずじゃないの?




 ただの痛い視線ではなく絵里の背中には冷や汗が流れる。

 


 北木とエニシも気づいたようで、視線を送る人物を見て北木が呟いた。




「クズハ……」




 北木の姿を借りスーツをビシッと着て課長の仕事をしっかりとこなすクズハが睨んでいたのだ。

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