元超人気アイドルにいきなり告白されました ……逃げ場は塞がれている模様です

蒼色ノ狐

もしも元人気アイドルが……

  —―俺にとって工藤亜里沙という人間は、まるで別世界の住人であった。


 僅か数年で群雄割拠なアイドル界で、トップの座に上り詰めた天才。

 だと言うのに積極的に体を張り、バラエティー番組にも多数出演。

 それだけではなく類いまれなる演技力を引っさげ、ドラマにも出演。

 もちろん本業である歌や踊りも一級品であった。


 多数いるアイドルの中には、容姿が微妙と揶揄される人もまま居る。

 だが、美しい金髪。

 人形のように整った顔。

 グラビアもやれるであろうスタイル。

 それらを兼ね備えた工藤亜里沙にとって、そういった話は縁遠い事である。


 ならば性格が悪いのか?

 そう勘繰る人間もいたが、天はどうやら才能の分配を間違えたらしい。

 とあるドッキリをしたところ、逆に彼女の性格の良さが全国に浸透。

 テレビ局のヤラセを疑う声も出ているが、多くの国民はそれを信じた。


 という事もあって、俺は彼女の事を超人のように見ていた。

 今ではテレビで見ない日は無く、彼女の知名度はアイドルファンでなくても誰もが知ってるレベルであった。


「わたし工藤亜里沙は芸能界を引退します!」


 だからこそ、先日行われた記者会見でのこの発言は、日本を揺るがすほどの衝撃を与えたのである。

 しかもそれが、とある男性と付き合うためという理由なのだから猶更だ。

 ネット上ではその男性が誰かという話題で毎日盛り上がり、ニュースになるほど。

 しかしネットもマスコミも、その誰かを特定する事は出来なかった。

 当然彼女を非難する声もあったが、逆にこの行動を潔いとして擁護する声も多数見られた


 俺はこの時、確かに驚きはしたが、それほどショックではなかった。

 歌もよく聞いてはいたが、特にファンと言えるようなものでも無かったからだ。


 ……それでも


「皆さん初めまして! 工藤亜里沙です。これからよろしくお願いします!」


 引退した彼女が俺が通っている学校、それも同じクラスに編入した時には驚いて声も出なかった。

 それはクラスメイトたちも同じようで、元アイドルがやって来たというのにクラスはいつも以上に静かだ。

 ファンを公言していた奴なんかは、やや過呼吸気味になっている。


「えー、皆さん知ってい人も多いでしょうけど工藤さんは元アイドルです。変に騒ぎ立てせず、温かく迎えてあげてください」


 担任の女教師がそう発言して、本当に元アイドルの工藤亜里沙であるのを確認した一同。

 一気に騒ぎ立てる生徒に、担任の先生が一喝しようとした時だった。


「皆さん。聞いてください」


 そう工藤亜里沙が言っただけで、あれだけ騒ぎ立てていたクラスが静まり返る。

 まるで女王の発言を待つ国民のようだと、心の隅で思う。


「聞きたい事も沢山あるでしょうけど、まずは言わせてください。わたしがこのクラスに編入したのは、とある目的のためです」


 その発言に、クラス中に謎の緊迫感が走る。

 多くの生徒。

 特に男子がもしかしてと期待する中で、工藤亜里沙は宣告するかのように静かに言った。


「わたしはある男性とお付き合いをするために芸能界を引退しました。そしてその男性というのは……このクラスに、います」


 男子生徒たちの目が一気にギラつき始める。

 クラスの人気者も、ちょっと浮いた変わり者も皆がもしかしてと期待を込めた目で見る。

 中でも例のファンを公言してた奴は、目が飛び出そうでちょっと怖い。

 そんな空気に包まれる中、彼女はまるで舞台を歩くように優雅に縫ってゆく。

 コツコツと足音が響き、その音が止まった時に彼女の目の前にいたのは。


「久しぶりだね。○○くん」


 俺だった。

 ……俺、だった。


 いや、ちょっと待ってほしい。

 これは何かの間違いではないかと口にするが、彼女は微笑むばかりで答えない。

 確かに○○は自分の名前ではあるが、工藤亜里沙と面識なんて全てが平々凡々な俺にある訳がない。


「やっぱり気づかないか。無理もないか、あの公園で出会ってからもう何年も経ってるしね」


 そう彼女が言うと、朧げながらに記憶が浮かんでくる。

 だが、ありえない。

 公園である女の子と出会った事はあるが、その子はボサボサ髪の毛のガリガリの体。

 今の姿とは似ても似つかない少女なのだから。

 俺がそう言うと、工藤亜里沙は全てを魅了するような笑みを俺だけに向ける。


「その女の子だよ。あれから一杯努力して女らしくなったの。……君に振り向いてもらうために」


 頭が回らない中で、俺はクラスの様子を見てみる。

 そこには興味深々にこっちを見ている女子生徒と、まるで葬式状態の男子生徒と二分化されていた。

 ファンの男子は今にも窓から飛び出そうしそうな空気であるが、残念ながらこっちに気にしてる暇はない。


「あれから引っ越しもして離れ離れになって探すの苦労したんだよ? 名前も聞いてなかったし」


 確かに、そう口にしかけてある疑問が浮かぶ。

 俺が彼女の名前を聞かなかったように、彼女も俺の名前を知らなかったはずだ。

 だというのに、どうして俺の名前と居場所を知っていたのか?

 その疑問を察したのか、彼女は笑顔で種明かしをしてくれた。


「わたしのお父さん警察の偉い人なの。そのコネを使って……ね」


 絶句、まさにそれだった。

 いくら人探しの為とはいえ、個人的な用に国家権力まで動員してきたのだから。


「まあそれは置いといて」


 いや置いておくな。

 協力してくれた全ての関係者に謝れ。


「……置いといて」


 そう言うと工藤亜里沙は俺の手を取って改めて告白してきた。


「あの時から○○くんが好き。君以外は考えられないの。……告白、受けてくれますか?」


 女子生徒(プラス教師)が騒ぎ立てる中、俺は考える。

 もしこの告白を受ければ俺には人生初の彼女、それもとびっきりの彼女ができる事になる。

 だがその代わり、男子生徒やネットからのバッシングを一生受ける事になる。

 なら逆に断ればどうなるか?

 あの工藤亜里沙を振った男として、俺はリアルでもネットでもバッシングを生涯受けるだろう。


 ……アレ? これ詰んでない?


 俺がチラッと彼女の方を見ると、他に分からないようにウインクで返された。

 間違いなく確信犯である。


 「こ、こちらこそお願いします」


 クラス中が悲喜こもごもになる中、俺は工藤亜里沙から一生離れられないのだろうと感じていた。

 でもただ一つ言わせて欲しい。


 —―どうしてこうなった。

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