猿蟹合戦

 むかしむかしのそのむかし、カニ座大星雲のカニ母星にカニ助というカニが家族と一緒に楽しく暮らしていたんだカニ。カニ助は干し柿が大好きで、いつも猿の惑星から輸入した干し柿を食べていたんだカニ。ところが、そんな猿たちはいつもカニたちをどこか見下す風で、上から目線でものを言うのだったカニ。ある年、猿の惑星で柿の実になぞの毒素が発生するという現象が発生したカニが、猿たちはそうと知りながらそれをそのまま干し柿にして、自分たちは食べずにすべてを輸出にまわしたんだカニ。干し柿を食べたカニは泡を噴いてぶっ倒れ、そのまま目を覚まさず死んでしまったカニ。カニ助の両親と、二百匹ぐらいいた兄弟たちのうち百八十匹ぐらいも同時に命を落としてしまったカニ。

 生き残ったカニたちは親や子や兄弟を失った悲しみに打ちひしがれ無気力に陥り、またこれからどうやって暮らしていけばいいのか分からず漠然とした不安にさいなまれていたカニ。そこに臼星人のハッカーから、猿は毒素のことを知っていたという情報がもたらされたんだカニ。真相を知ったカニたちは怒り狂い、それまでの無気力から立ち直って団結し、猿たちへの復讐を誓ったカニ。

 カニたちは普段からつきあいのあった仲間たち、すなわち臼星人、クリキントン星人、宇宙のさすらい人であるクマンバチ暴走船団と同盟を結び、フォーメーションを組んで猿の惑星へと押し寄せたカニ。彼らはまず臼星人の臼砲とクリキントン星人の栗入り焼夷弾で猿の惑星の首都を絨毯爆撃して焼き払ったカニ。次にクマンバチたちが地上におりて猿たちを刺しまくったカニ。猿たちは体中を何ヵ所も刺され、その多くはショック死したカニ。

 わずかに生き残った猿たちは灰色の海に面した砂浜へと落ちのびていったカニ。その砂浜は猿の長老たちによって「サルはけっして近づかザル」と言われていた場所なのカニが、クソ猿どもにはもうそこにしか逃げ場がなかったカニ。猿たちが砂浜を進んでいくと、腰まで砂に埋まった自由の女神像が見えてきたカニ。猿たちはその像を見て喜び、「クソ蜂どももさすがにここまでは追ってこなザル」などと根拠のない気休めを言い合いながらその中に入っていったカニ。だが、すでにその時には辺りの砂の中にはカニたちがひしめきあっていたカニ。女神像の最上部では幅三メートルもある我らの巨大なシオマネキ将軍が空洞に八本の足を踏ん張り、大きな右のハサミでおいでおいでをしていたのであるカニ……

 ……という身の上話をそのカニはとうとうと述べ立てて、「自分はその子孫なんですカニ、ですから、まさかこの私を生きたまま茹でて食べるなどという残酷なことはなさらザルカニ……」と言いかけたそのとき、コックはそのカニをひょいとつかみ上げ、大量の塩湯がぐつぐつと煮立つ大鍋の中に放り込んだ。

 しばらくして、僕らのテーブルにそのカニが現れた。今はきれいに解体され、大皿の上に、部位ごとに食べやすく並べられて。僕は、いったいこの中のどこにあの長い身の上話が溶けていたのだろうかと訝しみながら、その泥のような色をした蟹味噌をすすった。

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