第11話

乗せられた馬車は簡素な作りだったがよいものだと判った。

華美で無駄な装飾はないが、バラの花をあしらった窓枠から差し込む月の光が素晴らしかった。


「お前の名をちゃんと聞いてなかった」


「ノア……ノア・ノエル・スミスです」


「歳はいくつだ?」


「……二十歳……です」


「!」


「二十歳? 二十歳の娘が嫁にもいかずに行商とは」


「流れ者ゆえにどなたと出会いましてもすぐにお別れです、恋などする間もございません」


ルイはむむっと腕を組んで言った。



「単刀直入に聞くが経験はあるか?」


「え」



ノアは首をかしげた。


房事ぼうじだ、それとも情交といえば解るか?」


「!」


ノアは顔色を変えることなく答える。


「初対面の方にそのような秘め事をお伝えするのはいかがなものかと」


「ふはは! もっともだ」


「そ、そう言う伯爵様はあるのですか?」


「! どうかな」


ルイが大笑いをすると馬車は大きな門扉を抜けて屋敷へと向かった。


「あの、伯爵様のお名前を伺っても?」


「名前?」


「はい、私のだけ聞いて教えて下さらないのですか?」


「ふ。生意気な女だ……ルイだ。ルイ……ルイシャルド・クリスティ・フローレンス」


「フローレンス伯爵? ルイシャルド様」


「……ルイだ」


「ルイ様」


「……」


ルイは少しだけ微笑んで庭の景色に目をやった。

切なげと言うのか、儚げと言うのか憂いを含んだ瞳は潤んだように揺れていた。



ノアは門扉から少し走った所で見えた美しい青い屋根の建物に見惚れた。



「わ、立派! すごい!」


「立派……か」


「はい、とっても立派です。大きくてとても立派なお屋敷」


「そうだな、この町では確かに一番かも知れん……だが大きくてとても立派な屋敷の中は、とても寂しいものだ」

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