第28話
オカミサンは豪快に笑いながら、鯵2匹の所を1匹おまけをしてくれた。
3匹の鯵と山盛りのアサリをぶらさげた蜜さんはクスクスと笑った。
「イケメンって得なのね」
「……イケメン?」
「そうよ、ハルさん無自覚? 罪作りね。きっとうちのお店も女性のお客様が増えるわよ?」
「……なんで?」
蜜さんは目を丸くして俺をみて、首を振った。
「やあね……天然? これは女泣かせだわ」
クスクスと笑う密さんの見て俺も笑った。人間の世界ではこういう加尾がイケメンと言うのか? と考えながら看板広告の男の写真や床屋のポスターとなんかと、ウインドーに映る自分の人間の顔を見ていた。
猫の世界のイケメンというのは、顔が大きく鼻がツヤツヤなヤツがいいのだ。強くて健康という証拠だからだ。
人間の俺の顔は、鼻がツヤツヤでもなく特別顔が大きいわけでもない、どこにでもいそうな男の顔だと思った。
いつかこの顔に慣れてしまうのだろうか……猫だった俺はどんな顔だっただろうか……一瞬猫だった自分の顔を思い出せずにぞっとする。
当たり前に覚えていた事が曖昧になると言うのはこんなにも恐ろしい事なのかと思っていた。
店に戻ると蜜さんはエプロンをつけて鯵をさばいた。
鯵をさばきながら蜜さんは呟くように言った。
「私の彼氏だって言った黒猫さんはね、鯵が大好きだったのよ。ふふふ。いい食べっぷりなの」
俺は少しだけ嬉しくなりながら、ここにいるよ、と伝えたらそうなるのだろうかと言う思いと、言ったらここに居られなくなるんだと言う恐怖にさいなまれる。
蜜さんは慣れた手つきで鯵を処理していった。
その間に俺がフライパンにオリーブオイルを入れみじん切りにしたニンニクを炒める。
「いい香りだな」
「ホントね」
顔を見合わせて笑うと気恥ずかしくなってパッと視線を反らした。
蜜さんは香りづいたオリーブオイルからニンニクを取り出して魚を焼くと、玉ねぎやオリーブを入れた。
トマトにブロッコリー、あさりに残り物のズッキーニをいれてワインをかけると蓋をする。
塩コショウで味を調えてもう一度蒸し焼きにした。
「できた!」
「うん、旨そうだ」
蜜さんは冷凍庫からパンを出すとオーブン焼きに入れた。
カウンターにアクアパッツァと取り皿とカトラリーを並べるとちょうどのタイミングでパンが焼けた。
「食べましょう?」
「ああ、いただく」
俺達は並んで座った。
「いただきます」
鯵はホロホロとしてすごく美味しかった。
「旨い! これ、鯵ならコストもかからないし出したらどうだ? 手間もそこまでじゃないだろ」
「そうね……夜メインで出して、状況で翌日のランチに回せばいいもんね」
「ああ、最初は様子見で限定何食とかにすれば需要がわかるんじゃないか?」
「……」
「ん?」
「ううん……ハルさんと仕事するの楽しみだな、と思って」
蜜さんは嬉しそうに笑った。
「兄はホント食べる専門っていうか、皮を剥いたり、お米を洗ったり、盛り付けをしたりは出来るんどけど……こういう料理を出すといいとか、味付けはこうがいいとかないから、なんかすごくうれしいなって思ったの」
「……そうか」
俺は少しだけでも蜜さんの役にたてたことに喜んでいた。
もっと、蜜さんの役に立ちたい。そう思っていたのだった。
猫だった頃は、鯵を食べても何も伝えられず。
ただ、彼女に頭を摺り寄せる事しかできなかった。
もっと、彼女の……。
人間になった事で産まれた欲望はどこが限りなのだろうか? そんな事を思いながら、出来立てのアクアパッツァを食べた。
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