2:プリモ・ピアット ~ハルのお月様のパスタ
第11話
2:プリモ・ピアット ~ハルのお月様のパスタ
今日はボスネコさんもチビちゃんも来なかった。
満月の綺麗な夜だから、猫集会というものに行っているのだろうか。一度でいいから猫に変身して集会に参加してみたいものだわと、考えながら店の前に出て真鍮製のメニューボードを少し動かす。
父がこの店を構えた時に親友のある会社の社長さんからいただいたという舶来物のメニューボードは重たかったが、この重たさは心地のいいものだった。
「大丈夫か小僧。はははは! そんなモンも持てねえのかぁ。アレついてんだろ? ん? んんんん?」
背後から声がかかり、お尻をぐいっと掴まれた。
「きゃ!」
「……なんだぁ。小僧かと思ったらオネエチャンじゃねーかぁ。そんなアタマしてるから後ろから見たらわかんなかったよぉ。……んん? よく見りゃ別嬪さんじゃねーかぁ」
酔っぱらったオヤジは私の腕を掴んで引っ張る。
「やめてください!」
「なんだよ、いーじゃねえかよー」
「離してください!」
「かわいいねぇ」
必死にそれを振り払おうとしても思いのほか強い力でなかなか離れてくれない。通行人は割といるのに、関わりたくないというオーラを出して無関心を装っている。
「もう! 離して!」
そう叫んだ瞬間、低い声がして煙草をくわえ男の人がオヤジの腕を掴んだ。
「おっさん、やめとけよ」
「! なんだテメーはぁ?」
オヤジは滅茶苦茶に腕を振り回した。私の腕を離してくれたものの何にも入っていないのか軽そうな鞄の角がガツンと男の人に当たった。
「……やめとけよ、おっさんじゃ俺には勝てねえよ」
オヤジは彼を見上げると目のなかに戦意喪失と文字を浮かべて背を向けた。酔っていなくてもこの彼には勝てないであろう。
「終電間に合うかなぁ、こんちくしょーめ」
大きな声でそう言うと駅に向かってフラフラと歩き出したオヤジを見て私はふぅと息をついた。
「……これ、入れるのか?」
男の人がメニューボードを指差す。
「えっ? あ、はい」
私は捕まれていた腕が少しだけ痛くてさするようにしながら、慌てて頷いた。
男の人はそれをひょいっとを持ち上げると、ドアを開けて中にいれた。
「あ……あの! ありがとうございます」
「……いや」
「助かりました」
彼はふうっとタバコの煙を吐き出すと隣の店の前の灰皿に吸殻を入れた。
「……それより、これ」
彼は店の前の貼り紙を指差す。
「えっ? あ、ああ」
「俺……雇ってくれないか」
「?」
私は首を傾げながら見上げた。
彼は、とても背が高く体格もいい。運動でもやっていたのだろうか無駄な物がついていない体をしていた。
切れ長の瞳は上等な琥珀のようで吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「俺……調理師」
彼は少し困ったような表情を浮かべて私を見た。
「! そうなんですか?」
不思議と不信感はなかった。
どこかで会った事があるだろうか? 初対面のはずなのに、ずっと前から知っているような安心感を感じた。
「イタリアンだけど」
「本当に? 大歓迎! 見ての通り冴えない洋食屋なの、私も以前はイタリアンやってたんです」
そう言いながらドアを押し開けてなかを指差した。
「時間平気なら、少しお話どうですか?」
「……」
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