1 白と黒

第1話

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リノリウムの無機質な床の臭いと、キンモクセイの香りがする。



不釣り合いなふたつの匂いは重なって鼻腔をくすぐると懐かしいような不思議な感情を呼び起こした。




「ねえ、起きてよ」




ベッドサイドにひじをついて、俺の顔をのぞき込むようにして、サムが笑う。



俺は瞼をどうにか持ち上げて問いかける。


白い枕はエタノールの清潔な薬品の臭いがして自室のベッドではないことだけは認識できた。



「サム……今、……何時だ?」


「さあ? 時計がない」


「俺の上着に懐中時計があるだろう?」


「ああ。あった気もする」



サムはそういって上着がかけてあるだろう方向を見たが時計を見に行くのが面倒なのか気がない様子だった。



「つれない奴だな。時計……とってくれないか?」



「ボク、忙しいんだよね」



「そうは見えんがな」



長椅子で何か本を読んでいるようだった。

俺は鉄のように重たい体を起こして、ベッドから出る。


床がグニャリと曲がるような感覚に不快感を感じながら上着まで歩くとポケットに手を入れた。


18の誕生日に兄がくれた懐中時計は、カチカチっと今という時間を刻んでいた。

こんなに綺麗だっただろうか、文字盤や表面が磨かれているように見えた。


少し痛む足を軽く引きずるようにベッドに戻ると時計を開く、11時を少しまわった所だった。



「ここは、どこなんだ」


「さあ、ボクら川に落ちただろ? だから死んだのかもね」


「……じゃあ、天国? いや……地獄か? それにしては簡素だな」


「ね。質素? でも品はいいよ。それでさ、地獄には似合わないような、すごくいい匂いがするんだ……パンかな? パウンドケーキかもしれないね。バターの香り、さっきからたまらないよ!」



サムは嬉しそうに部屋を歩き回る。

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