日常にある、当たり前の

第1話

「きゃああぁぁ!」


オレンジ色と濃紺が重なった部分が深い紫に見える空に、声が響く。


夕方と夜の間。魔物が目を覚ます時間を逢魔時と言うんだと、祖母から聞いた事があるのを思い出した。


その時間は人が魔物に憑りつかれる時間だよ、ミクちゃんも気を付けなきゃいかんよ。


祖母は開いているのか閉じているのか分からない目で器用に縫い物をしながらそう言った。


あれから、どのくらい経ったのか……こんな時にその事を思い出しても何の役にも立たない。


「離して!」

「うるせえ!」


男は煙草臭い息を私にかけて、目をギラつかせた。


「やっぱり車にのせた方が良かったんじゃねえか?」

「バカか!そんな暇あるかよ」


暴れる私の手足を抑えている二人の男は犬と馬マスクを被っていた。男たちは私の手を粘着テープで近くの足場に固定した。


「なあ、これって犯罪?」

「犯罪じゃないさ」


正面の男に見覚えはある。


半年前まで私の彼氏だった男は、自分から別れを切り出して来たくせにストーカーに変身して戻ってきた。


「なんなの? 接触しないようにって、警察から警告なかった?」

「やっぱり犯罪なんじゃん! おかしいと思ったんだよ、こんなバイト!」

「うるせえ! 金は払ってやったろ!」


犬と馬は私の片足を固定したところで立ち上がって震えた声で言った。


「や、やってられるかよ!」

「行こうぜ!」

「……あ、そ。ごくろうさん」


男は淡々と言った。


「ミクチャン、やっと二人きりだ」

「何?」


男の手に光る十徳ナイフを見て、あまり刺激しないようにと思いながら口を開く。


「別れたいって言ったのはあんたじゃん」

「だから、あやまったろ?」

「……何度目? もうウンザリ! それにこんなことするなんて」

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