第5話

「何? 男にフラれたの」


「フラれてない」


「ふうん。じゃあ、何? いじめとか? ってかコーコーセーになってもいじめとかやるようなヤツいるの?」



私は首を振った。



「……いじめじゃないし。フラれるも何も、相手……結婚してたし。そんなの一年も前の話だし」


「そんで?」


「未練あるわけでもないけど、さっき見かけたらなんか幸せそうで」


「思い出したってヤツか」


「……そうなるのかな」


「そんで、死んじゃおうかと思ったの?」


「死のうとまでは思ってなかったけど、海、見てたら……月に触れるんじゃないかって思ってきたのよ」



オースケは投げ出していた長い足を、ヨイショと小さくいいながら胡座を組んだ。



「バカだな」


「そうだね」




波の音と行き交う車の音、誰かの笑い声、どこかの店のBGMが重なる。



「そういうの、フラれたって言うんだよ」



オースケはニッと笑った。



「……」


「フラれてねえって言ってたけど、フラれたの。認めろ」


「デリカシーないわね」


「……デリカシーって、じゃあ。そうだな! フラれてねえよ! 大丈夫だ! とか言えばいいのかよ」



確かに、そんなこと言われても嬉しくもなんともない。

私が答えに困っているとオースケは言った。



「オマエからしたら、名前もよく知らねえような俺に、急にそんなこと言われたってムカつくの解るけどよ。でも綺麗事言われるよりいーだろ?」


「……」


「オマエの事、知らねーもん。だから、慰めたって『オマエに何が解るんだよ』って思うだけだべ?」



学校の名前の入ったウォームアップジャケットが風でシャカシャカと音を立てる。


指にはテーピングがされていて中指に貼られたバンソコウに血が滲んでいた。



「これ? 練習してる時にゴールの所になんかひっかけたのかな? 爪半分剥がれてさ。痛えの」

 


私の視線に気がついて、そう言いながら笑った。

 


街灯の灯りに浮かんだ影は、私が収まってしまいそうなほど大きな身体を身体で、並んでいるとまるで大人と子供のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る