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第1話

雨の日の王子様



「ほら、来たよ! 王子様」


雨の日の王子様は、私の視線の先に現れてビニール傘階段を雑に閉じるとあがってやって来た。


 王子様という単語が不釣り合いな彼は武士とか言う方が似合うかもしれないと思った。


「だから……そういうんじゃないって」

「もう、そんな事言って」

「だって、まだ……」

「……3ヶ月月も連絡ないとか、終わってるでしょ。そんな男こっちから願い下げだよ。アンタいい加減にさぁ」


鞄をぎゅっと握って大きな溜息を吐き出した。


「……わかってる」

「恋を忘れるには新しい恋って言うでしょ? ってか、小夏。アンタってば認めなよ。もう新しい恋してるじゃん」

「……だからぁ。そもそも付き合ってなかったかも知れないし」


「あ! 大変だバイトに遅れちゃう! じゃあ、明日ね?」

「うん。がんばってね」

「小夏こそがんばりなさいよ!」


 クラスメイトのなっちゃんは手を降ってバスのロータリーに向かった。



 始着駅のホームで出発を待っている電車の三両目。


 彼はいつものようにいつもの端の席に座って文庫本を開いている。私も斜向かいのいつもの席に座って、同じように本を開いて文字を一行追っては彼をチラリと盗み見た。



どんな本を読んでいるの? どんな声をしているの?



  話をした事もない人に焦がれるなんてバカげているかも知れないけれど、一度だけ見た彼の笑顔が忘れられないのだ。

 

彼は雨の日にだけ、電車が一緒になる男子校の生徒さんだった。


 彼は端正な顔立ちだったが、みんながキャーキャーというタイプのイケメンというわけではなく、流行に敏感そうな感じでもないし、イマドキな感じでもない。


 そういう男の子とは対極線にいるタイプで、ピアスもなく髪も短くサッパリと刈られていて一般的に言う好青年系なのかも知れない。


 竹刀袋や防具袋を持っている所を見たことがあるから、きっと剣道部なのだろう。袋に刺繍された文字から苗字が『渡辺』くんなのだという事だけは知っていた。


 雨の日限定で現れる彼は、イヤホンをして外側を遮断したり携帯の画面とにらめっこをしている人が多い中でいつも決まって本を開いて視線を滑らせていた。


自称文学少女の私からしたら沢山の同世代の乗客の中で気になる存在だったのだ。



 そう、それだけだった。




 それは去年。高校1年生の雨の日、電車を降りて改札への階段を上がっていた。雨で濡れていたせいか、ずるりと足が滑ってバランスを崩した。


「わ! きゃ!」


がし!っと後ろから支えられて落下を免れた私は安堵の息をついて振り向くと、彼が支えてくれていたのだった。


「す、すみません、助かりました! ありがとうございます!」


ぺこぺこと私が頭を下げると彼はクスッと笑って首をふった。


 その小さく笑った顔に射抜かれてしまったというベタなヤツだったのだ。


 彼はそのまま改札を出ていった。私はちゃんとお礼も言えないまま晴天が続き夏休みを挟んで、すっかりタイミングを逃したまま2度目の夏休みを目前がやってこようとしていたのだ。


 そんな私は3ヶ月前まで、彼と同じ制服を着た男の子と付き合っていた。


 今考えると付き合っていたかどうかも怪しい。

友達の紹介で知り合って、ご飯を食べに行ったり映画を見る程度の友達だったのかも知れない。


 何度目かの食事の後、強引にされたキスをされそうになって全力で拒んだら連絡が取れなくなっていった……というありがちな現在を迎えている。


きっと好きじゃなかったんだと思う。


言い訳みたいで嫌だけど、何となく周りに流されて好きなのかな? と、思っていたが単に恋をしている自分を作っていたんだと思う。

 

「はぁ。何やってんだか」


ボソっと独り言をいいながら走り出した電車の窓から小雨が降る冴えない空を眺めた。



 時間帯のせいか比較的すいてる電車は私の下車する駅に到着をした。


 彼もまた本を閉じて電車を降りて行く。


 小さな町ではあるけれど、いくつも小学校も中学校もある町だ。

 きっと、剣道部から辿って行けば、彼の出身中学校や小学校や自宅までも知り得ることは出来ただろう。

 

 でも、それを知って何になるのか? それを知ってどうするのか? と、そんな疑問と言い訳を重ねて何もしない道を選んできていたのだ。

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