この町ではまた誰かが誰かを探している

雛形 絢尊

第1話

都会の喧騒だ。

みんな我先に歩いている。

誰も止まってくれない。

皆ひとしきり流れていく。

私は駅の方角から反対の方向へ進む進む。

この時間帯になるとやはり人は多い。

多いうえに、こんな天気だ。

しとしとと雨が降っている。

改札口には会社帰りの人、男を待つ女、

女を待つ男がその場所にいた。夕方。

どこからともなくどこいく?などと声も聞こえてきた。

私はこの町で誰かを探しているのか?

ふとそんなことを思った。


駅方面へ向かう人々とぶつかりそうになる。

ほとんどの人がスマートフォンを

見ながら歩いている。

商店街に入るまでは少しの量雨に濡れた。

こうして私はあてもなく歩く。

特に理由もない。買い物をするものもない。

ただ来てみた、と言うやつだ。

この街に対する優越感はいったいどこから

来たのだろう。自分が大人になったからか。

前に来た時が子どもだったからなのか。

私は足早に歩く。歩く。

これほど人がいるとやはり賑やかで

仕方がない。

あまり人間関係が得意でなく、

人混みも嫌いだ。

しかし、それを克服するために

この街に来たのだ。

私はこの流れる人混みである1人の男と

目が合った。

男も私に気付き、ひと時の間目が合い続けた。

「もしかして、高校の」

男の方から声をかけてきた。

私もなんとなく思い出し、

「ですよね、高校で一緒だった、

サッカー部の」

と覚束ない返答をした。

「元気だった?」

私が一番苦手な問いだ。

もちろん元気ではない。

「まあまあ」

「そっか」

こうなることは目に見えた。寧ろ、

それほど仲良くはなかった存在なので

言葉に迷う。

私は高校時代のことなんて覚えてもいない。

影のような青春時代を過ごしたからだ。

根暗で人と交流なんてしていなかった。

それは今も続いているが多少は

人と接することもできるようになってきた。

流れる人混みの中で私たちだけが立ち止まり、迷惑とも思ったが私は

時間が止まっているようにも見えた。

「俺探してたんだよ」

と突然彼は言い出した。

「君、漫画書いてたよね」

そう、私は漫画を描いていた。

高校時代にもノートの隅にキャラクターの

絵を描いたり物語の構成を描いていたりした。

「俺、後ろの方から見てたんだよ。君が熱心に机に向かっていたところ、勉強じゃなく」

と言って彼は笑った。

私も釣られるように笑った。

「すげえ夢中でさ、すごいなって思ったよ。

内心、憧れてた」

私は胸に衝撃を食らったような気持ちになった。

その後にじんわりと心が暖かくなった。

「この前の箕輪漫画賞、君の漫画だよな?」

核心をつかれた。私はつい最近やっと

賞レースで名を残すことができた。

かの有名漫画雑誌に私の名前が大々的に載ることができた。ペンネームであるが。

私はその後に言葉にならず2回頷いた。

「ありがとう」

と彼の方から言い放った。私は動揺していた。

「あの漫画の最後の部分、短編なのにも関わらず響いたね、絶対これは漫画界にないムーブメントだと思ったよ。ほんとうに」

と彼は作品にも手をつけてくれたのだ。

ありがとうございますと私は言った。

「この後予定は?」

と彼が言い放った。

咄嗟のことだったので驚いた。

「特には、」と私は言った。

「良かったら、一緒にご飯でも」

と言われた。強張った。学生時代にも、それから数年も、友人と思しき人間とご飯などというものは一切なかったのだ。彼がこの後予定がないことにも驚いたが、私はそこで行きましょうと答えた。

「じゃあ、こっちの方で?」

と彼は足の向きを変え、

私と同じ方向へ歩き出した。

人混みの中歩く。歩く。

私は今、友人と思しき人と

この街を歩き出した。

先程までの喧騒が嘘だったかのように。

彼は歩きながらこう言った。

私も彼に憧れていた。

「あの主役の名前、笠松って」


この町ではまた誰かが誰かを探している。

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この町ではまた誰かが誰かを探している 雛形 絢尊 @kensonhina

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