櫻ちゃんと僕
たくひあい
第1話
いろいろ整理して話したいけど……
何から話せばいいだろう。まず僕には、信じている神様がいる。
飯田にも、居る。
そしてその宗教の違いにより、まず、結婚は無理なのだ。が。
「ゆっきくーーん!!」
背中から聞こえる甲高い声。
……飯田櫻は、ごく普通の女の子。
ただし実家がインコ教でお金持ちだ。
でかい城、ではなくて、インコ教のみなさんにあたたかく送り迎えされているのはクラス中が知っていた。
なんでこうなったかというと、僕が趣味で、
授業中でもノートにしたためていた、
小説の主人公……が
シンデレラをモデルにしています。
え?乙女チック?
い、いいい、いいじゃないか。
とにかく。
昼休みも没頭しちゃったあげくうっかり寝てしまって。
「お城! お嬢様、これ、私を書いたのよね!?」
な声で目が覚めたら、
飯田櫻!!
「ありがとぉー! 柚月君、私たち両想いだねっ!」
と、まあ。
急展開を迎えまして。
「い、飯田さん……? あの、ぼく」
なにかいいかけたぼく。
「結婚式いつにする?」
肩までの黒髪をひらひら揺らしながら、櫻ちゃんはにっこり笑う。
「あ、あのさ。櫻ちゃんの家って、インコを溺愛するインコ教団だよね」
空に、ばさばさとインコを飛ばすのをよく見る。知性のある鳥だそうだ。
「そーだけど?」
首をかしげた櫻ちゃん。
僕たちは、結婚できないよ。
「僕はまず自分の家のとこの神様が大事だから」
僕の家は、寂れた神社でしたが、取り壊され、今は裏庭の社みたいなのしかない。
だけど、僕はインコよりずっと、思い入れがある。
「ぼくの家と、櫻ちゃんの家は互いに反発すると思うな。それにぼくは、神様が――――ッ」
首にうで!
両腕!?
「改宗すれば済むじゃない? ねえ、私を、私を見てたんでしょう?」
櫻ちゃんは当然のように言って見せる。
目は真っ暗で、いわゆるレイプ目だ。
目覚めたが椅子から立ち上がれぬまま、ぼくは櫻ちゃんの両腕によって、呼吸の与奪を握られた。
「ゆるさないわ……ゆるさない」
「個人の信じるものを曲げてまで押し通して、結婚したとして嬉しいわけ?」
「そんなの……
関係ないじゃないの運命なんだからッ!!!」
はー、はー、と肩で息をしながら櫻ちゃんは怒鳴った。
運命ってなんだ。
「ろしてやる……」
ぼそりと呟いて不安定に揺れ始める
「櫻ちゃん?」
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるッッ! 許さない許さない!
インコ教だってヤクザだってなんだってつかってやるんだから! 柚月君じゃなきゃだめなんだから運命なんだから!!」
「さく、ら、ちゃん」
時期チャイムが鳴る。
みんなが戻ってくる
それまで、どうにか耐えなくては。
「櫻、一度決めたら曲げないんだぁ。ふふ……ふふふ、あーははッ!」
ぐ、と首に圧力をかけられる。苦しい。
だがか弱い女子の握力ではなかなか軌道が絞まらないみたいだ。
「おかしいなー?」
「死なないね?」
当然みたいに櫻ちゃんは笑う。
死んでたまるか。
「離せよ、もうじき、みんなッ」
みんなが来る。
言おうとして、ぐっと首にまた圧力。
「ねーえねえ? きっと真っ白できれいな骨だろうね? 柚月くーん。ウフフ」
ぼくには、櫻ちゃんを見つめることしか出来なかった。
「私ね……好きな人には一途なの……
みんなが戻ってきたら二人きりじゃなくなる。なんだか今はそんな気分じゃないわ」
「ぼくの、気分は……っ」
「あなたの気分? 小説に書くほど私が好きな癖にッ!! 嬉しいでしょ死んでも一緒なんだからね!」
完全にイッている。
どうして……
櫻ちゃんは、おっとりしていて、物静かで。
こんな。
こんな風な彼女を、誰も想像できないだろう。
「そのノートにあるのは、君じゃない、別の、ひとがモデルだ」
力がわずかに緩んでいるいまのうちにとぼくは弁解する。
「嘘よ! 嘘なんだから!」
目をカッと見開く櫻ちゃんにぼくは鳥肌が立った。
「私たち、通じあってるの、だから今ここには二人しか居ない」
それは昼休みだからだ。
「あ、柚月くん、私の好きな『猫顔魚』ちゃんのストラップつけてるー!」
櫻ちゃんはふと通学鞄に目をやった。
「私がこれ好きだって知っててつけてきたんだよね?」
知らないんだが。
その後も次々と『私がすきなもの』を挙げていく。
それは妄想だと言いかけるたびに、
櫻ちゃんはキツく睨んでいた。
ぼくは、だんだん諦めにも似た気持ちになっていた。そうか。
いくら言おうとも彼女の中では、それが真実なんだな。
櫻ちゃんは一定の力で首に圧力をかけたまままた微笑む。
「なるよね? 私を好きになるよね? 結婚するでしょう?運命なのよ」
櫻ちゃんの目は真っ黒。黒い髪も、黒い制服もあいまって、なにもかもが黒に見えた。
お昼の賑やかな校庭。
窓際から伸びる影がかかり、ぼくと彼女の気持ちに線をひくような明暗をつけた。
佐仲 問はゲイである
マジメンドイメンブレ~(っ'ヮ'c)ウゥッヒョオアアァアアアァ (っ'ヮ'c)ウゥッヒョオアアァアアアァ う
「いやがってるでふよ……」
ぼそっと声がした。
「今日のところはやめてあげて欲しいでふ」
少しぽっちゃりした、髪を金髪に染め、夏に夏休みデビューしたクラスメイト。
「もうチャイムがなりまふ」
絵のなかの大黒様のような顔で櫻ちゃんの前に出てくる。
ぼくは、ぽかんとしていた。櫻ちゃんはしかたなさそうな顔でぼくから手をはなした。
「そう、そうね……今はやめてあげる」
それからぼそりと。
「呼ばなきゃ、助っ人呼ばなきゃ……」
と呟く。
彼女のもくろみは、まだわからなかった。
「人の彼氏を奪ったなあああああ?!!」
寮で寝てたんだが、
朝からものすごい叫び声で目が覚めてしまった。
声の主は佐仲 問さなか とい多重人格者。
あと、少し被害妄想があるらしい。何があったかはわからないけど見捨てられる不安が強いのか、常に誰彼構わずこの調子。
部屋の外にも丸聞こえな音量で『悪女! 悪女ッ!』 と騒いでた。
うるさい。
ヤンデレやサイコパスはぼくもそれなりに見てきたが、彼は典型的だ。
ああ……、気になったかもしれないが佐仲は男が好きらしい。
そして女に対抗意識があんのか知らんが
見ると敵意をむき出しにしては、悪女と叫び罵るのが日課。
「まーた やってんのか」
ぼさぼさの寝起きの頭のまま、携帯で時間を確認する。まだ5時。
もう一回寝られるじゃないか。
どたばた階段を降りる足音がさってから、ようやく、安心して戸を開けることが出来た。
ぼくにとっちゃ、佐仲は嵐のようなやつだ。
ほっと息をつきつつ廊下に出る。
下の方ではなにやら、悪女! 悪女ッ!
が聞こえているがまたか。
「うるさいよね。本当」
隣からふと声が聞こえて見ると、そこには綺麗な子が居た。
色白で華奢で……男か女か一瞬だとわからない。
「ああいうのって、恥ずかしくないのかな」
周りを見渡したが、やはりこちらに話しかけていた。
「いつものことだろ」
ぼくも誰ともない感じを装いながら答える。
彼は、フッフフフフ! と変な含み笑い。
危ないやつ?
「きみ、面白い」
「ウケを狙ったつもじゃないけど。チップでもくれるか」
適当に返事をする。
「生憎」
と言ったその人は、ぼくの手に小さな塊を握らせた。
「今、それしかないなぁ。フフフフ」
緑色をした犬のキーホルダー。
「付録でね!」
「アデュ!」
とか言って階段をかけ降りて行く。
ぽかんとしたまま、しばらくその場に居た。
白く塗られた壁が、空を四角く切り抜いて飾っている。
雲がゆっくりと広がり、穏やかに流れていく。
もらったキーホルダーをそこに翳すようにして眺める。
近所の薬局の名前が入っていた。
噛み締めるように呟く。
「……あの人。どの部屋だろう」
会ってもなんの意味もないけれど、また会うような予感がする。
ちょうどそのときに部屋の内線が鳴った。
寮長からで、玄関に女の子がいるとのこと。
「櫻ちゃん……」
昨日の今日。
ぼくはあの展開にまだ、頭が追い付いていない。
いなくならないかなと粘って無駄だった
朝6時15分。
「ゆーずっきっくーん!!!」
櫻ちゃんはドキッ!狼だらけの男子寮、でも構わずこの調子で玄関から存在をアピールしまくっていた。
朝からご苦労な。
「あいらびゅー!」
「うるさい」
「ねえさっき誰と話してたの?」
玄関の下駄箱で靴をはく傍らから、黒い制服をすでに着こなした彼女が聞いてくる。
「さっき?」
「ねえねえ。誰? あ、なにそれー、私への贈り物? そうだよねもらうからね、わーい」
握りしめたままの緑色犬が、櫻ちゃんの手に。
なにも言ってないし、それになぜ、彼女は今ぼくが誰かと話すことを気にするんだ。
どこからつっこめばいいかわからなかった。
「朝ご飯は、カップラーメンだったよね? だめだよ、ちゃんと栄養あるもの食べないと」
「見ていたの?」
「おむつを履いてるバカ蜘蛛でもわかるよ!」
どういう例えなんだ。
ぼくが絶句していると、彼女はうふうふと笑って明日はお弁当つくってきて食べようねと言った。
「蜘蛛は、おむつなんかはかないよ」
「あ。バカ蜘蛛が嫌だった?
なら、おむつをはいたライオンでもいいよ!」
それより、と櫻ちゃん。ぼくをじろっと睨み、それからにおいを嗅ぐようなしぐさをした。
「他の人のにおいがする……嘘でしょ、櫻以外のにおいなんか。夢のなかでも、妄想を描くときも、お話を読むときも、相手は櫻じゃなくちゃ許せない許せない許せない!!!!」
「櫻ちゃん」
他の人もいつくるかわからない場所だ。靴もはけたしはやく出なければ。
「そういえばあの日見たノート、破いたよ?
あれ私じゃなかったんでしょああいうのがいいの!?
私じゃダメってこと! たとえ創作であっても、私が相手じゃないものなら潰してしまえばいいッ!!!!」
ああいうシナリオを、恋愛相手と恋するために書いているわけじゃない。
夢小説というものもあるらしいけど、ぼくは、そういう目的で書いたりしない。
櫻ちゃんに言われて、昨日つくったシナリオを書いたノートが、そういえば見当たらなかったのを思い出した。
「わかってよわかってくれる。櫻より大事なものなんか! ないんだから!」
「櫻ちゃん…… あれは、ぼくがぼくなりに心を込めたものなんだ。どうして、どうして破らなきゃならない。それに、きみと結婚なんかしない。
もう来ないで、思い違いだ」
かあっと、櫻ちゃんの顔が赤くなる。
「運命に逆らうのッ!!!? 櫻は悪くなあああい!!!」
ぼくには、そんな運命など見えない。
空想の中でさえ、登場人物が櫻ちゃん以外許してもらえないなんか、冗談じゃない。
飯田櫻いいださくら。
佐仲とは別の意味で厄介な人物。
僕を勝手に運命だと思い込み、自分以外を見ないようにすることを訴えに来る。
「櫻ちゃん、落ち着いて」
「櫻は悪くないッ!
櫻は、恋してるんだからしかたないの! 櫻を見ないのがいけないんだから!!! このキーホルダーだって櫻が好きそうだからくれたんでしょ! なんで期待させておいて! 私に恥をかかせるようなことするの!!!」
いったい何を言われているのかわからなかった。
見ないもなにもないのに、恥をかかせたことになるのか。
彼女の両手が、ためらい無く伸ばされる。
「櫻に謝ってよ!! ねェッ!! 櫻を許すよね?許すでしょ? 愛し合ってるんだもんいいじゃないのやましいことがあるの!?」
はて、許さないとどうなるんだろう。
櫻ちゃん、首に圧力をかけるのが好きらしい。
「ヒロインを出すなら、櫻じゃなきゃだめだから! お話でもなんでも! みーーぃんな櫻以外許さないんだから!じゃなきゃ私何度も破るよ」
櫻ちゃんが心のそこからどこまでも嫌いであるといえるほど親しくもなく、関わりもないわけだけれど。
だから、なんて言ったらいいのか……
櫻ちゃんは、世界で一番お姫様になりたいのだ。その相手にぼくを選んだようだが、ぼくは役不足。
少なくとも、破ることはないじゃないか。
非常識じゃないのか、そんな気持ちの方が大きく、呆然とした。
許す、 ほどにまず相手に心を許してない。
運命であるという勘違いはまあ可愛い方だ。
ただ、だからって何もかも捧げると廃人になるだろう。
そんな関係、ぼくは嫌だ。
「そうね、こんな寮にいるのも不安よね。悪い虫がついたらいけないもの。ああそうだ私がお風呂も食事も全部お世話してあげて閉じ込めるのはどうかしら、名案じゃない!!!? 私、卒業したら介護の学校に行くから。介護したいわ」
絶対嫌だ。
櫻ちゃんと並んで登校する。インコ教のおじいさんおばあさんがそこら中に居て、ぼくたちにあからさまに注目していた。
はずかしいし、落ち着かない……
ベンチに座ったおじいさんなんか、新聞を広げながらわざとらしそうにこちらを見ている。
あれって、絶対にらんでるー!!
曲がり角で病院にさしかかると、看護師さんに連れそわれながらゆっくりお散歩するお年寄りが大量発生していた。
あそこが、こんなに積極的なリハビリをするとこ、
今まで見たこともない。
「この病院、方針変わったのかな?」
ぼくが冷や汗を隠して聞くと、櫻ちゃんはにっこり。
「二人の愛が、羨ましいのね……」
……なんだそりゃ。
「あ! あいつ、櫻と話してる!!」
「いつ付き合ったんだ」
通学生徒からの違う声も飛んでくるぞ~。
なんでもイチかゼロでしか考えられないようなやつしかいないのだろうか。
「酷い! 彼女を奪ったなあああああ!!」
佐仲みたいなやつ出てる!!
めんどくさい!
「私って見る目ない……!櫻が浮気する人だったなんて!」
女の子が悲鳴をあげる。
「誰かしら、あのゴミ」
櫻ちゃんが辛辣ぅ!!
「うふふふふ、知らなーい! 柚月くん、待ってよ」
ぼくが輪から離れようと走ると、ついてくる。
「あ、あんなやつなんかブスなんだから! なんて嫌な、そのうち別れるんだから!」
悲鳴が聞こえる。
あいつらなんなの?
「いちいち品定めしちゃって……見る目とかなんとか、クズのわりには上から目線よね」
櫻ちゃんが辛辣!!
ぼくは、ぐったりしていた。サイコパスってこんな感じだろうか?
走ると背中から聞こえる柚月くーん!!
に、心の中がなんども404errorを表示する。
嫌だなぁ怖いなぁ、助けて欲しい。
「私ね柚月君に近づこうとする人の首は、躊躇わずにたっくさん狩るから!! この前も、出掛けた先のあちこちで嫌な視線見ちゃったからみんな殺すようにするんだぁ。
フフフフフフ……」
櫻は、なんだかおかしい。足元に本当に死体を埋めていそうなくらいに。
「……」
「私が嫌いなの!? 私だけを見てるんじゃなかったの!!!」
「きみだけを」
対象物を、
「見ていたら」
監視するなら、
ああ。
世間のヤンデレに好かれる主人公って、こういう変な責任感があるんだろうなと、ぼくは少しさめた気持ちになる。
櫻ちゃんが、善良な市民に被害を出すなんて、もししてたら、ぼくの方が罪の意識で死にたくなってしまうだろう。
これは、自分のため。
ぼくのためだ。
自分が好かれたからみんな死んだなんて、そんなの嫌だ。
そんな身勝手、ぼくは間違いなく引いてる。そんなこともわからないだろうか?
「それは、わからないけど櫻くんがずううっと、見ててくれるんだったら、他のものなんかどうでもいいかも」
不安な返事。
クラスメイトならみんな知っていることを口にした。
「でも……
婚約者がいるんだよね?」
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