高校時代からの腐れ縁な女と社会人になってから一緒に暮らし始めた件

壬黎ハルキ

第一章

001 新宿でまさかのバッタリ!



 俺の名前は片瀬かたせりつ。なんてことないアラサーである。


 社会人と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際はしがないライターだ。

 普段は在宅なのだが、たまに打ち合わせなどで出版社に呼び出される。今日がまさにそれだった。

 たまの出来事というのは、なんとも面倒に思えてならない。

 夏真っ盛りな季節であれば尚更だ。

 しかも新宿というコンクリートジャングルのど真ん中ともなれば、尚更ってものだろうさ。俺が住んでいる埼玉県が、妙に涼しく感じると錯覚してしまうほどだよ。


 ちなみに場所は割と郊外寄りなのだが――まぁ、そこはどうでもいいな。


 とにかくまぁ、アレだ。そんなメチャクチャ暑い中、打ち合わせに出向いた俺は、褒められて然るべきだとすら思えてくるわけだ。

 しかも予想以上に話が盛り上がってしまったおかげで、昼過ぎに来たというのに、ビルを出たら外は真っ暗だった。もう小学生の晩御飯の時間さえ、とっくに過ぎてしまっている時間である。

 普通ならば、どこかの店によって食べていくか――という考えになるだろう。

 しかし俺の場合は――


「帰るか」


 これ一択である。無意識に口から漏れ出た声は小さかったはずだから、周りに聞こえているということもないだろう。

 人っていうのは存外、周りのことなんざ興味ないからな。

 気にしているのは本人だけ、なんてこともザラだ。むしろ本人が気にしている姿が目立つからこそ、周りも注目してしまうとか、割とあり得そうだ。


 まぁ、そんなことより――新宿の駅前も、相変わらず人が多いもんだよなぁ。


 俺は人混みが嫌いだ。人酔いこそしないものの、こんなゴチャゴチャした場所に、のんびりといるつもりなんざ毛頭ない。

 だからさっさと電車に乗っちまう以外の選択肢がないわけだ。

 幸いここからなら、乗換一回だけで最寄り駅まで行ける。そうすれば愛しの我が家はすぐそこだ。

 えーと、家には何が残ってたっけか? 今から帰れば、ショッピングモールはまだ開いているはずだし、足りないものを買うついでに、何かおかずでも……


 ――ピロリンッ♪


 とか思っていたその時、スマホに通知が入った。

 ったく誰だよ? こんなしょーもないタイミングで、メッセージなんぞ送り付けてくるなんてさ。


【お仕事しゅーりょーっ! 新宿って人マジで多すぎー♪】


 ん? 何だこりゃ?

 まさかと思って差出人を確認してみたのだが、やはりそこに出ている名前は、俺の同級生のそれで間違いない。


 有倉ありくらみぎわ――高校時代から地味に知り合いという関係が続いている女だ。


 特に付き合っていたとかそういうのはない。たまたま同じ大学で同じ学科だったという事実が、俺たちをひっそりと繋ぎ止めていたようなものだ。

 社会人になってからは、連絡を取ることもかなり減ってしまった。やはり俺と有倉はその程度の関係だということが分かる。このまま自然消滅に等しい疎遠となるのも致し方ないと、俺は思っていたのだ。

 まさかこうして未だにメッセージをもらうとはねぇ。これが俗にいう『腐れ縁』というものなのだろうか? よく分からんが。


 ――分からんと言えば、このメッセージがまさにそれだな。


 なんでまたこんなのを急に送ってくるかねぇ?

 とりあえず返事でもしてみようか。


【奇遇だな。俺も今、新宿に来てるよ】


 こんなもんか。素っ気ない文章ではあるが、これも俺らしさの一つということで、勘弁してもらいたいところである。


【そうなんだ。ホント奇遇だね】


 有倉からメッセージが返ってきたが、なんかさっきと全然違う感じがする。

 まるで急に酔いが醒めて我に返ったかのような――もしかして会社の飲み会か何かで飲んできたのか?

 けどそれはそれで違和感がある気も……


【新宿って人多いね】

【取引先との打ち合わせでもなければこんなとこ来ないよ】


 お、有倉がまた送信してきたな。まるで今の発言をなかったことにして、改めて送ってきたような感じだ。

 内容については、普通に頷けるものではあるが。


【同感】

【できれば来たくない】


 というのを俺が返してみたところ、有倉から『だよねー』とキャラクターが頷いているスタンプを送ってきた。

 何かのゲームのキャラクター……には見えないな。まぁ別にいいけど。


【片瀬くんもお仕事?】

【まぁな】


 思いのほか、やり取りが続いているな。有倉とこんなに長々とメッセージするの、もしかしたら初めてかもしれんぞ。

 いや、別に長くはないか。

 普段やり取りしている人たちからすれば、きっとこれでさえ短いのだろう。

 本当に長い人は、一時間くらいずっとなケースもあるそうだ。あくまで俺もネットで聞きかじった程度だから、どこまで本当かは知らんがな。こういうのに限って真実だったりすることも多いとは思うけど。

 それならそれで疑問もあるがな。

 一時間も文章のやり取りを続けるって何なんだよ? それなら普通に電話しちまえばいいのに。

 メッセージアプリの通話機能は何のためにあると思っているんだ?

 便利機能をアピールするためだろうね。分かってますよ。


【ついさっき終わって帰るとこ】

【もう電車乗ってる?】

【まだ】


 けどまぁ、かくいう俺もメッセージのやり取りを続けているからなぁ。あまり偉そうなことは言えたものじゃないか。


【東南口の広場から、改札に入るところ】

「えっ、マジ!?」


 なんか今、すぐ傍から聞こえたな。むしろ隣と言ったほうがいいかもしれん。

 俺がゆっくりと、その声のほうに視線を向けてみると――


「…………」

「……えっと、片瀬……くん?」


 人の流れを挟んだすぐ傍に、ビジネススーツを着こなしている有倉みぎわが、呆然としながら俺を見てきていたのだった。





―― あとがき ――


というわけで、新連載でございます。


第一章分はとりあえず書き上げているので、連日更新していきます。

(毎朝7時に公開します)

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あと、近況ノートに限定記事でウラ話も更新しましたので、そちらも是非に。

https://kakuyomu.jp/users/mirei_haruki/news/16818093085899288894


今後もどうぞよろしくお願いします<(_ _)>



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