第20話 も、もうすぐおうちに着きます◆side雄郷◆

 吹雪ふぶきさん、お化粧は整ってるんだけど、憔悴した感じの顔になってる……そりゃそうだ。

 うん、時間年休で正解だろうな。


『お邪魔します』

「どうぞどうぞ」


 ちょっと緊張してきた。

 成人女性は母さんと本家のおばあちゃんしか乗せたことない。でも、この前の日曜日に洗車して掃除しておいて良かった。


 あー、いい匂いが漂って来た……ますます緊張する。


「で、では、住所を教えてください」

『はい、――です』

「目的地……よしセット完了。じゃ出発しますね」


 …………


 何かしゃべらないと……えーと、えーと『坂元さかもとさんは一人暮らしなんですか?』


 え?


「あ、ああ、実家は福島ふくしま伊達だて市っていう話はしましたよね。だから一人暮らしです」

『おとうさん、おかあさんはお元気なんですか?』

「健在です……なんて表現をすると年寄り扱いするなって怒られそうですが」

『フフ、元気って言葉がいいんじゃないですか?』

「そうですね」


「吹雪さんは実家ですか?」

『はい。父は工務店を経営してて、母はECサイトを運営してます。他に大学生の弟がいます』

「吹雪さんは社長令嬢だったんですか」

『そう言えないことはありませんが、父は一人親方ですし、母のやってるECサイトも母を入れて3人ぐらいでやってるので、社長令嬢という自覚はまったくありません』

「そうですか。だったら気負わずに……ビビらずに済みます」

『ビビったりしないでくださいよ。オレンジソース焼鳥があったでしょう。あれは家族の協力……味見してもらって開発できたんです。そういうフットワークの軽い家族ですので』

「はい、とってもいいですね」


 いつの間にか緊張がほぐれている。

 やっぱり……うん。


「吹雪さん」


 ……

 む……


『?』


 くそっ……こんな……

 えっと、課長が言ってたとおり、吹雪さん顔色が悪いから、日を改めよう。


『どうしました?』


「も、もうすぐおうちに着きます」

『はい?』


 ◆◆◆◆side千桜莉ちおり◆◆◆◆


「ただいま」


『えっどうしたの今頃? ひどい顔になってるし』

「いろいろあって……時間年休にして帰って休めと言われた」

『今日の地震に係ること?』

「うん」


『話すことができる?』

「うん」

『じゃ、ダイニングテーブルで待ってて。とっておきの紅茶を淹れるわ』

「うん、待ってる」


 …………


 美味しい。

 紅茶はMomマムにかなわない。


「地震が起きたのは倉庫に資料を取りに行ったときで、地震の後倉庫の扉が開かなくなって閉じ込められたの。あ、ケガはないから安心して」

『ケガがないのはよかった。少ししてから結構大きな余震があったよね』

「うん、それで建物がギシギシいって……倉庫が崩れて前見た夢みたいに瓦礫の下敷きになっちゃうのかなってくじけそうになっちゃって……」

『辛かったね。その顔はその結果ね』

「化粧は直したんだけど……みんなに見破られちゃった」


「それから、工場やシステム検査課の人たちの協力で坂元さんが扉に穴を開けて救出してくれたの」

『それは良かったわ……』

「……」


『Chioriはそれをどう感じた?』

「……」

『Chioriが内緒にしてほしかったらそうするよ。なにせ我が家にはChioriに係る男はすべて排除したいっていう過激な思想の持主がいるし』

「フフ……Momには話すね。最初、坂元さんの呼びかけが聞こえたとき、本当にうれしかった。潰れかけてた心が再構築するような気がした」

『それは、ね……自覚してる?』

「うん。だいぶ前から少しづつ感じてたけど、今日はっきり自覚した」


『そう……じゃあ、今日は休んで。しっかり休んだら今後のことをね』

「ありがとうMomマム

『私はChioriの母親で女として先輩なの。だからもっと頼っていいのよ』

「うん、迷うこと、困ったことがあったら相談するよ」


『ところで、お化粧を直す前の顔はMr.Sakamotoに見せた?』


「ううん、あけぼの主任が切断に使ったセーバーソーの片づけを命じてその場を離れさせて」

『そう、Ms.Akebonoは分かっててMr.Sakamoto達を追っ払ったのね』

「うん、そう言ってた」


 …………


 予想してたけど、お父さんはすごく反応した。

 会社に損害賠償を求めるとか言いだしたので、それは私達2人で宥めて思いとどまってもらった。

 でも、大騒ぎしてエネルギーを消耗したせいで、セーバーソーを使った人(雄郷ゆうごうさん)には考えが向かなかったみたい。

 これ、Momが倉庫が老朽化してたという部分を少々大げさに強調してお父さんの意識を偏らせたおかげだけど……これもう印象操作だね。



 で、私は、

 坂元さん……雄郷さんと恋人関係になるのを望む。今日から望む。


 雄郷さんはどう思ってるのかな?


 ポピーフェスティバル以来、いやその前からの雄郷さんの私への接し方、今日の私の家族に対する考え方から考えてたぶん雄郷さんも私のことを憎からず思ってくれてると思う。

 でも、今日うちに着く直前の詰まり方、それまでに比べて整合してないと思う。

 どうしてなのかな?


 ひょっとして、私が恩に着せてるとか吊り橋効果と考えるかもしれないって思ってるのかな?


 そんなことないのに。




 だけど、雄郷さんの事、一人暮らしっていうこと以外なにも知らない。


 食べ物は何が好きなのかな?

 一人暮らしってことは自炊してるのかな?

 エンゲル係数はどれくらい?


 休みの日は何をしてるのかな? 同じアパートに住んでるちっちゃい子と仲良しなんだよね。



 肝心なこと。

 今付き合ってる人がいるかどうか。



 もし、いなかったら?


 髪は短い方が好きなのかな? 長い方が好きなのかな? グロスの色は?

 胸は……私のでいいのかな?



 付き合ってる人がいたら……


 うん、諦めない。


 …………


 千鶴ちづるさん、今日私はあなたと約束した、困難にぶつかっても絶対くじけないことを果たしました。


 もちろん、今後もくじけませんよ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ご訪問ありがとうございます。


 好きになったらなったで悩みは尽きません。

 夜眠れなくなるほどに……覚えはありませんか?




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