いずれ最強に至る精霊の逸話(加筆修正版)

神楽ゆう

第1話

 全てがはじまった日の話だ。

 水に浮いているような感覚、揺れる視界に映る人影を見た。


「……あとは頼んだよ」


 優しい声音だった。

 どこか懐かしいようで、聞いたことのある声。だが結局、何も思い出すことはできなかった。

 


         ◇◇



 目覚めると何か違和感を感じた。

 なんだろう、そう思って手で身体を触ろうとしたけれど、そもそも手がない。

 慌てて立とうとしても、足に力が入らない。

 というか足もない。

 そして、言葉すら発せられなかった。

 身体が全くと言っていいほど動かない。


(……なんだこれ。俺はどうなったんだ? いやその前にってそもそも誰だ?)


 身体は動かない上に、自分のことすら分からない。それが俺の生まれて初めての経験だった。






 どれほど長いこと動けもせずにいたのか。

 途方もない年月だった気もするし、たったの数時間だった気もする。

 ただ俺はひたすらに考え続けていた。

 

(……身体が動かないということは全身麻痺みたいな状態なのか?なにかしらの事故にあって、脳に損傷を負った結果。身体は動かなくなり、記憶もなくなった)


 それが俺が出した結論だった。

 最初は冷静だった。けれど、それが長く続くことはなかった。

 暗闇の中、何もできない状態で正気を保てるわけがない。

 ただ考えるだけしかできない、生きるだけの身体に閉じ込められたような恐怖。自分で死ぬことすらできない、無限に続く無の極地。

 死にたい。もう殺してくれ。そんな風に考えることもできなくなった頃。

 自身の肉体に囚われていたからこそ、俺は気がつくことができた。


 魂の在り方に。


 普通なら認識することもできない世界の流れ、俺の魂もその一部でしかないということ。そして、全ての魂は世界へと還るのだということを。

 俺は掴んだのだ、命の流動を、世界に溢れる魔力というものを。

 俺は身体に流れる『命の源』を認識した。

 その瞬間だった。


(……なんだ? なんか身体が熱い!!)


 光りを見た。どこか遠くへと飛んでいく輝きを見た。

 そして、その奥でがこちらを覗いていたのを見た。

 

 『              』


 そして、そこで意識を失った。




△▼△▼



 意識の覚醒と共に俺の視界には青空が広がっていた。

 

(え!?)


 俺は慌てて起き上がろうとしたが、上手くいかずに顔面から地面に落ちた。

 ただ痛みはない。だが地面の感触は感じた。

 感覚が戻っている。


(感覚が戻ってる!?)


 『視覚』『触覚』が復活している。

 違う、これは……。

 俺が気絶する前に掴んだ『魔力』を使った情報の伝達だ。

 身体を流れる魔力を知覚したからこそ分かる。

 俺は無意識に魔力を使って、人間の身体と同じ機能を再現しているみたいだった。


(なんだどうなっているんだ!?)


 混乱してきた。

 そもそも『魔力』の存在を当たり前のように受け入れた自分にも、それを自在に操ることができるようになっていることも異常だ。

 地面に転がって動けずにいると、地面に影ができ、直後暴風が吹いた。


(うわあああああああ!!)


 ぽよん、ぽよんという感覚と共に地面を転がっていく。

 身体を動かせないからなすがままだ。

 そして、どこか薄暗い穴に落ちた。


(あ、死んだわ)


 突然の紐なしバンジー。

 体感的に数分ほど落下し、地面に激突した。

 けれど、それで死ぬことはなかったし、痛みもなかった。

 何度か地面を転がり、ベチャッ!と地面にできた水溜りで止まった。

 

(死ぬかと思った……ん?)


 安堵し、水溜りを見て思考が止まる。

 生き残ったことの喜びより、とんでもないことが起こっている。


(なんか丸い球体が映ってない?)


 俺は一度視覚を閉じて、再び水溜りを確認する。


(え、光ったんですけど!?)


 そこには光り輝く丸い球体があった。

 

(違うよね。これが俺なわけないよね)

 

 ただ現実は非情で何度見ても、水溜りに映るのは光る丸い球体だった。

 いや、少しふわふわした感じの丸い球か。


(そんなんどうでもいい!! ちょっと待って。いやっ!いやあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!)


 俺は現実を直視することができずに叫んだ。

 というか、叫ぶしかできなかった。



 それから体感数時間。

 俺はもう全てを諦めた。


(コレは俺だ)


 そう認めなければならない。じゃないと前に進めない。

 それに暗闇で身体が動かせなかった地獄に比べたら、光る球になるくらいどうってことない。ないんだ。

 心で涙を流しながら、再度自分の身体を見ていて気が付いた。

 映った自分の身体は『魔力』で構成されていた。


 (人間の体を動かす感覚で動かせない訳だ)


 筋肉などが存在しないので、魔力を操作して身体を動かす必要があるのだ。

 だから、魔力操作ができない俺では一ミリも動かせないわけである。

 魔力のことを認識する以前なら気づくことはできなかったことを考えると、あの暗闇空間での時間は無駄じゃなかったんだと思えるようになった。

 そして、一度でも知覚していれば、あとは慣れるだけだった。


(できた!!)


 身体の中の魔力を操作して、倒れた身体を上に向けることに成功した。

 時間にして数分程度。もしかして、俺は天才かもしれない。

 魔力の操作はイメージで行うみたいだ。

 体内の魔力を想像して脳内で動かすと、それに合わせて身体が自由自在に動かせる。ラジコンの操作をしているみたいだ。

 それに、


(すごい!! この身体には魔力で構成されているから、魔力を動かすことでどんな形にもなれるのか!!)


 縦に横にビヨーーンと伸びる。

 そして、そのまま洞窟の中をテンションに任せて動き回った。


(ヤッターーーー!!!!)


 ただ身体を動かすには魔力を消費するらしく、あまり動かしていると身体が小さくなってしまう。動き過ぎたら魔力がなくなって死ぬ。


(クッソみたいな身体じゃないですかヤダ!!)


 ただ気づいた頃には遅かった。

 最初は掌サイズはあった身体は小さくなって、ピンポン玉くらいになっていた。

 しかも、魔力は回復するのか分からない。

 寝たら回復するのか。何かを食べたら回復するのかもわからない。

 もし体内の魔力が回復しないのなら、俺はここから動くだけで死ぬことになる。


(終わってる。え、人生の詰みってやつじゃないのか)


 そもそも臓器なんてないわけだから、寝ることも食べることも必要ない可能性がある。となると、人間の身体を回復させる感覚での魔力の補充は不可能だ。

 人生ハードモードってレベルじゃないんだけど。

 命を削って移動しないといけないなんて、クソ仕様すぎるんだが。


 そして、俺は魔力操作もできなくなった。

 この洞窟?に落ちた時と同じような態勢で地面に転がる。

 身体が動かせることに喜んでいたせいで、最初に落ちてきた穴の場所がどこなのかわからなくなってしまった。

 しかも、洞窟内はとても暗くて時間感覚がない。

 無の時間がやってきた。ただ前と違って、今は絶望的な状態ではない。

 そこで一度、俺は落ち着いて色々と考えることにした。

 どうせやれることもない。


(あの暗闇空間の中での結論は『全身麻痺』で意識だけ覚醒している状態になっていると思ったんだけど)


 事故か何かで脳に損傷が入ったことで、全身麻酔となり記憶喪失となっていたということなら辻褄は合っていた。けれど、身体が動かせるようになったことで、その説は完全に消えた。


 次に考えられるのは『これが夢』だという可能性だ。俺の本当の身体は病院かどこかで植物状態で夢を見ているかもしれない。その結果、変な光る球体になったという夢を見ている。

 けど、こんな長時間も鮮明に夢なんて見るんだろうか。明晰夢にしても夢の中にいる時間が長すぎる気がする。

 ただ目覚めるまでは夢説は証明することができない為保留だ。


 そして、最後『転生した』という可能性だ。

 転生などがアニメで流行っていたということもあり知識はある。けど、それは創作だからあり得たことだ。

 しかし、否定しようにも状況があまりにも似ている。記憶喪失、人外に転生。あとは謎の存在を認識したこと。

 最初に目覚めた暗闇空間で見た『ナニカ』によって、俺は転生させられたと考えられる。


(その理由もわからない。あれが仮に神だとして、わざわざ一般人の記憶を消した上に、こんな変な光球に転生させる理由がない)


 馬鹿馬鹿しい話だ。

 けど実際に俺は光球となっていて、完全に否定できはしない。


(なにひとつわからない! 誰かこの状況を説明してくれ!!)


 心で叫ぶが返事はない。

 ダメだ考えてもわからない。

 そもそも分かったところで、俺にはどうしようもないんだ。

 とりあえず、今は『魔力』の回復という課題をクリアする。ただ目の前のことをやる以外に、前に進む道なんてないんだから。

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