第13話 未来は
急に降り出した雨に、僕たちは毛布をかぶって、駐車場脇のトイレに駆け込んだ。
「あ、旅人の自転車……」
「あとで取りに行くからいいよ。それより、ひどく濡れなかった?」
「毛布があったから、そんなに濡れてないし、大丈夫」
「すごい雨になったね」
叩きつけるような雨。
トイレの建物の中にいても、屋根から勢いよく流れ落ちる雨と、地面からの
僕は、おばあちゃんが赤いチェック模様の水筒に入れてくれた、レモンティーを思い出した。コップがわりのフタに注いで、永遠に渡す。
「永遠、これ」
「ありがとう」
「美味しい。こういうときの甘いレモンティーっていいね」
飲み終わったフタを戻そうとして、
「待って。今、洗うね」
トイレの洗面所でゆすいでいる。
あ、洗うんだ。洗わなくても……良かったのに。僕はそのまま飲もうと思ってて。ちょっぴりザンネンな気がしたのは、内緒。
「なかなか止みそうにないね」
永遠が強い雨の音に負けないように言う。
今日の星空観測会はもう無理かなぁ。
しばらくの間、ふたりとも黙って、降り続く雨を眺めていた。
「ねぇ、旅人は将来の夢ってある?」
不意に永遠が聞いた。
「僕? う〜ん、そうだなぁ。僕はレオンが大好きだから、犬に関わること、と思ったりするけど。でも、何を勉強したらいいか、よくわからない。まだ中学生だし」
「そうね。私もレオンが好き。今まで引越しばかりで、ペットと暮らせなかったの。最近、将来は獣医さんになりたいと思うようになって、この六ヶ岳で、動物達と暮らせたらいいな」
「ヘぇ〜」
永遠の動物病院。
その隣のドッグランがあるカフェ、ドッグトレーナーの僕。
突然、そんな妄想が頭に浮かんだ。
うわ、こんなときに、何を想像しているんだろう。
僕は赤面した。
薄暗くて良かった……。
遠くから雷鳴が聞こえてくる。
「雷、だんだん近づいてきているみたい」
「うん、でも、ここはコンクリート製だから、頑丈だよ」
そう言ったとたん、ピカッと光ったと同時にものすごい雷鳴がして、
「キャッ!」「うわっ!」
僕達は思わず耳をふさいで、しゃがみ込んだ。
トイレの明かりがおちた。
少しして、ゆっくり目を開けると、周りは真っ白だった。
え? 何、これ……?
思わず立ち上がっていた。
「……旅人」
不安そうに僕を見上げる永遠。
差し出された手を取って、立つのを支える。
「大丈夫?」
「うん。ビックリした」
「何だろう?このモヤみたいなの」
僕達は顔を見合わせた。
「ねぇ、何か聞こえる」
永遠は耳が良いんだ。僕も耳を澄ませていると、何かが近づいてくる。
何だろう?
電車の音、みたいな?
白い霧の中、近づいてくるのは、ボンヤリとしたライトの光?
ガタゴトという音が次第に大きくなって……。
現れたのは、一両の路面電車だった。鮮やかな青い車体に白いライン。
え? ここに列車が通るの?!
プシューとブレーキ音がして、リンリンとベルが鳴り、僕達の目の前で車両が停車した。
真ん中にある扉が開いて、ぴょんと飛び降りたのは、
……猫? 後ろ脚で立ってる!
車掌の制服を着て(例のアニメそっくり! 紺色の服に金ボタンが並んでる)、制帽をかぶった猫。
トパーズ色の瞳は、光によって様々に違う色を見せる。
「本日の特別列車をご利用のお客様、どうぞご乗車下さいませニャ」
帽子を取って、うやうやしくお辞儀した。
「待って。僕達、切符も何も持ってないよ」
「そちら、ポケットにお持ちでございますニャ」
「え?」「あれ?」
ふたりの声が重なって、ポケットを探る。
「あっ!」「うわ!」
取り出したお互いのスマホのストラップに付いているトンボ玉が、強い光を放っていた。
僕のは星空模様、永遠のは♾️模様の物。
「どうして……?」
「私共は必要なとき、必要な物をお届けするのですニャ」
どこかで聞いたようなフレーズ。
あ……!
不思議堂の店長さんのウィンク。
僕達にとって、今が必要なとき、必要な物……ってこと?
「この列車の行く先は、未来ですニャ」
僕は、車両の横にある行先表示板に気がついた。
『過去 現在経由 未来行き』
「安心して下さいニャ。この列車に乗っても、機械の身体になったり、一緒に乗ったお友達と二度と会えなくなったりはしないのですニャ。未来を見られる列車ですニャ」
未来が見える。
僕達ふたりのこの先の未来は、どうなっているのだろう。
見てみたい気がした。
でも、永遠は……?
隣の永遠を見ると、唇をキュッと結んで、固い表情をしていた。
「永遠はどうしたい?」
「私は……。私はこの列車には乗らない」
え? そうなんだ。
「未来を見てみたくない?」
永遠は首を振った。
「もうわかっている未来なんてつまらない。私は、知らない方が良いと思う」
そうだね。永遠。
「僕達は乗りません。どうぞ行って下さい」
車掌さんは、ピッと敬礼した。
「承知しましたニャ。お待ちの切符は無期限有効なので、必要なとき、きっとまたお会いするニャ。そうそう、このあとは是非、湖を見て下さいニャ。では、またですニャ」
車掌さんはペコリとお辞儀して、列車に飛び乗った。
ドアが閉まった。
ベルが鳴って、見ると、運転席にいるのは……レ、レオン?!
「ワフッ!」
運転手の制服を着て、帽子をかぶり、すました顔でレオンは片手を挙げた。
レールは白い霧の中へと続いていて、列車は先に進み、やがて、その奥へ消えていった。
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