第9話 響く歌声
そのとき、扉が開いて、男の人が入って来た。
「パパ!」
橘さんのお父さん、雰囲気が良く似ている。
「おや、見学者かな」
「同級生の星野くん。近くにお祖父さん、お祖母さんのおウチがあるんだって」
橘さんのお父さんは、レオンに目をとめた。
「あ、レオンじゃないか。そうすると白石さんのところのお孫さんだね。お祖母様にはバザーのお手伝いをして頂いたことがあるよ。お祖父様はよくレオンと散歩してるね」
「僕、星野旅人といいます。はじめまして」
「こんにちは、星野君。永遠、教会を案内してあげたら。それじゃ、ゆっくりしていってね」
お父さんは奥の階段を上がっていった。
橘さんは、教会のステンドガラスが表現していることやマリア様の像について教えてくれた。でも、信者さんではないらしい。
「この教会は小さいからパイプオルガンもピアノも無くて。礼拝でときどき伴奏するから、練習してたの」
「水野さ……橘さんは」
僕は何度も呼び間違えて、そのたびに言い直すのが面倒になってきた。
「ねぇ、『永遠』って呼んでもいい?」
我ながら大胆かなと思う。
でも『永遠ちゃん』だと子供っぽいし、『永遠さん』じゃ、何だか壁を感じるから。
「え……?」
少し間があった。
「い、いいけど。じゃあ、私も『旅人』って呼んじゃおうかな〜」
ヘヘっと照れたような笑い声。
ドキッとした。
え、いいんだ。
名前で呼びあっちゃう?
別に深い意味は無いよね?
「……いいよ」
「さっき、えーと、旅人が言いかけたのは何?」
さっそく呼んでくれた!
「あ、もう一度、オルガンを弾いて、歌ってくれないかなって。さっきの永遠の演奏を最初から全部、聴きたいな」
教会の中は音が響くような構造になっているんだって。
神様の声がよく届くように。
永遠の澄んだ歌声は、とても心地よく響いていた。
よく耳にする讃美歌「慈しみ深き」という曲だと教えてくれた。
「ねぇ、旅人も一緒に弾かない? 連弾しようよ」
「えー、やったことないし」
「小学校のとき、鍵盤ハーモニカをやらなかった? 適当に右手で弾いてみて。大丈夫、合わせるから」
永遠は身体をずらして、僕も座れるようにした。
一緒にひとつの長椅子に腰掛けて、なるべく身体が触れないようにしたけれど……どうしてもときどき、足や手が当たってしまう。
僕は何をどう弾いたのか、どんな演奏になったのか、よく覚えていない。
ただ、永遠がとても楽しそうにしていて、それだけは良かったと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます