暗殺者ミアは友達100人作りたい!
京野 薫
友達100人作るんだ!
10月の風はどこか甘い香りを含んで心地よく私の頬を撫でていた。
私は、思わず微笑むとホッと息をつく。
最後にこの私……
神……いや、悪魔も粋なことをする。
私はビルの屋上からの景色……闇夜の中に浮かぶ無数の光の粒が織りなす、異世界のような光景にしばし現実を忘れた。
これで思い残すことも無い。
いや……あるか。
私の人生は何だったんだろう。
物心ついたときには親も無く、ただ組織で重火器や生き残り、殺戮の方法を学び続けた。
その果てが、ずっと支え合ってきた弟の
もう耐えられない。
私の生きる意味。大切な弟。
彰が居ない世界に意味はあるのか? その彰をこの手で殺した私に存在する意味はあるのか?
1度……1度で良いから、学校で勉強してみたかった。
カフェに行ったり、カラオケだったか……に行ったり。
テレビ番組や娯楽のための物語を読んだりもしたかった。
一人で良いから心からの友達も欲しかった。
そして、彰と普通の姉弟として過ごしたかった。
気弱で優しい弟。
とても暗殺者などには不向きだった彰。
来世……そんなものは無いだろうし、生まれ変わってもきっと良い生ではないだろうが……もし、叶うなら……
私は眼下の暗闇を見つめると……身を投げた。
※
暗闇が覆う……これが……死?
だが、耳に聞き覚えの無い男性の声が聞こえる。
九国理彩……君の運命を頂く。
誰のためでも無い。
この世界のためだ。
恨んでもらって構わない。
君にそれだけのことをしようとしている。
だが、詫びはしない。
対価として……君に新しい世界を与えるからだ。
どうするかは君次第……
※
光……?
なぜ?
私は自分を包む光の意味を理解できず、呆然としていた。
天国? まさか。
死の前までトップクラスとの評価を譲ることの無かった暗殺者。
今まで老若男女問わず、何百人。
文字通り数え切れないくらいの人の命を奪ってきた私が天国なんかに行けるわけが無い。
「赤の魔女」と忌み嫌われた、この九国理彩が。
では、ここは……病院?
20階建てのビルの屋上では死にきれなかった?
なんて事……死のための手順を誤るなんて、あり得ないミスだ。
私は愕然としながら両手で自分の顔を覆った……が、その時。
……違う。
私は自分の顔を包む手のひら、そして手のひらで触れている顔の作りの違和感に気付いた。 私じゃ……ない?
驚いた私は目を開いて周囲を見回した。
ここは……どこだ?
目に飛び込んだ景色、それは部屋の中だった。
ただ壁は全て木製で、調度品も現代の日本では見ないタイプの……むしろ中世ヨーロッパと言った方がシックリ来る。
だが、換気も徹底されており絶えず爽やかな空気が入ってくる。
ベッドのシーツも身体に一切の負担をかけない清潔さと素材。
普通の家ではない?
目に飛び込む情報を処理できずに軽い頭痛を感じていると、足音がしたので近くのコップを割り、その破片を手に隠し持つと目を閉じて寝ているふりをする。
その直後ドアの開く音がしたので、私は耳に神経を集中させる。
足音の程度……30前の男性。
身長は170前後、体重は60キロをやや超える。
筋肉の程度は虚弱。
歩調の感じから戦闘の訓練は受けていない。
息づかいから、男性は私に強い関心を持っているのが分かった。
どっちだ? 性的な物か、殺意か……現時点では判断が出来ない。
まあいい。
もう1メートル近づいたら……奴の喉を切る。
私は規則的な寝息を立てるフリをしながら、右手の中の破片をそっと握り直す。
あと50センチ……40……30……10。
だが、次に男性が発した言葉に私は耳を疑った。
「ミア……生きてたのか! ああ、神様!」
ミア?
なんだ……それは……って、ぐっ!?
思考の途中で男性に思いっきり抱きしめられた私は、目を白黒させながら抱きしめられていた。
く……油断した……って……え? 小さ……い!?
この時、私は自分の身体が以上に小さくなっていることに気付いた。
これは……140センチ程度!?
顔の違和感といい……
「これは……一体」
呆然としている私に向かって、男性はキョトンとしながら言った。
「ミア、どうした? そんな顔して……パパを忘れたのか?」
「パ……パ?」
いや、誰だお前は。
だが、私はすぐに思考を切り替えた。
理由は不明だが、確実に私の身に何かが起こっている。
なら、今はこの男性から情報を集めるべきだ。
私は目の前の男性に向かい、ニッコリと微笑んで言った。
「ゴメンね……パパ。記憶を無くしちゃったみたいなの。何も覚えてないわ……怖い。全部、教えて。ミアのこと」
※
それから男性……ロブ・デニーロの話すことは、冷静さを保つのにかなりの労力を要する物だった。
この身体の名前はミア・デニーロ。
年齢は11歳の女子。
ここはヴェリタと言う国の中にある、グリサリデと言う街。
ミアはグリサリデにある初級学校に通っており、勉強の成績は中の下。
運動は全般に苦手。
体力も脆弱で、性格は気弱だが心優しい。
読書と文章を書くことが趣味。
そんな彼女は突然原因不明の病に冒され死の淵を彷徨っていたため、この国で最も優れた医療機関と評判の医院に入院し治療を受けたが、昏睡状態になっていた、との事。
それが先ほど2週間ぶりに目を覚ました、と言うのがここまでの流れだ。
自分で言ってて、笑えてくる。
これは何なんだ?
何の冗談だ?
別の次元の世界……そこに移った?
別人になって。
そんなオカルトとしか言いようのないことがあり得るのか……むろん、否定する確たるエビデンスはない。
だが、現実とするには突拍子も無い。
あの暗闇での男の声。
奴に会わねば分からんか……
「ミア……記憶を無くして戸惑っているのは分かる。怖いんだね……大丈夫だよ。パパがついてる」
ロブはそう言って私を強く抱きしめた。
この感じ……
男性から抱擁を受けているにも関わらず、全く性的な欲望が伝わってこない。
ハニートラップの検討をする必要性がない。
どういう事なんだろう……?
そして……ああ……暖かい。
恐らくロブの体温は36.1℃程度なのに、もっと暖かく感じる。
ふと、私の脳裏に稲妻のようにある1つの考えが浮かんだ。
これは……チャンスなのでは?
大規模なトラップの可能性もあるので即断は出来ない。
あの暗闇の中での声も気になる。
だが、もし私の結論が正しいのであれば……やり直せる。
理屈は全く不明だが、このようなセットや役者を使ってまで私を罠にかける必要性を感じない。
そもそも私を舞台でハメるなど不可能だ。
また、いくら現代の整形手術が高度になったとはいえ、185センチ27歳の私を140センチ11歳にする事は不可能。
で、あれば……
まあいい。
ここがどこだろうと、どんな現象であろうと、もう任務をするつもりは無い。
私はただの一般人になったのだ。
なら、とことんこの舞台で踊ってやろう。
そして……せっかく道化として踊るなら、ずっと夢だった「普通の女の子」になってみたい。
漏れ聞いていた「仲間との青春」と言う奴を……過ごしてみよう。
その言葉が浮かんだ途端、私の中に感じたことの無い感情がわき上がってきた。
これはこれは……
自然に笑みが浮かんでくる。
私は……もしかしたら、暗殺者で無くても良いのか?
普通の女の子で生きていけるのか!?
「どうしたミア? 変な笑いを浮かべて……体調でも悪いのか?」
へ……変な笑いとはなんだ!?
失礼な奴め!
……まあいい。
自立するまではこの男の元に住む必要がある。
この世界での「パパ」と言う奴だな。
せいぜい気に入られるとしよう。
「ねえ、パパ。私とっても嬉しいの! またパパと一緒に過ごせるんだもん。それに早く退院したいな! また学校で勉強できるのが楽しみ」
ロブはこっちは引くくらい満面の笑みで言った。
「そうか、ミア。そんなに……パパ、嬉しいな。アメリアも心配してたから、教えてあげよう。きっと喜ぶぞ」
「アメリアって……どなた?」
「ああそうか、ゴメン。アメリアはお前の友達……」
「友達!?」
「いきなり大声出してどうした……ビックリしたよ。え? 友達……嫌だったか……」
「私に友達なんていたの!? ああ……ありえない……任務開始からいきなり友達を確保出来るなんて。どうやって拉致しようかと思ってたのに……」
「……拉致?」
「ねえパパ? そのアメリアって子の事もっと教えて? ミア、知りたい!」
「ああ、もちろんだ。大事な友達の事だもんな。なんでも聞きなさい」
「やったあ! パパ、大好き。じゃあさ……アメリアはミアの事どのくらい好き?」
「お前が倒れてから毎日泣きながらお見舞いに来てるくらいだよ。本当にお前の事が好きなんだな……パパ、嬉しいよ」
「そうなんだ! じゃあアメリアとミアは同性愛の関係だった? 洗脳や拷問の耐性はある? 任務遂行に必要だしね。あ! 後、どのくらいの人数殺してきた? 年齢が私と近いから11歳……じゃあそれほどでもないか……2,30人? ナイフの扱いはどの範囲まで? ハニートラップは得意? 銃の分解は何秒で出来る?」
「えっと……ミア?」
「どうしたのパパ? ミア何か変な事言った?」
「ゴメンな。記憶も無いって言ってたのに無理させ過ぎちゃって……疲れてるんだな? 大丈夫、ゆっくり休みなさい」
何故か引きつった笑顔でそう言うと、ロブはフラフラと病室を出て行った。
ふむ……アプローチにミスがあったのか?
まあいい。
さっき、奴はアメリアは「毎日泣きながら見舞いに来ている」と言ってた。
だったら……今日も会える。
「ふふふ……あ~はっは!」
私は我慢できず高笑いをした。
友達に会える!
これが笑わずに居られるか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます