第57話

「に、こ?」



絵理の戸惑うような呼びかけが聞こえたけど、私の視線はまっすぐに蓮池君へと向かっていた。




今日の彼は、なんだか嬉しそうに見えた。



そのせいで、ジワリと涙が滲む。


それを乱暴にタオルで拭って、再び前を見る。



少しずつ歩みを進めた私の足は、蓮池君が私を見たことで止まった。



「っっ、っっ、」



『おはよう!』



その一言が、出ない。



さっきまでは挨拶しなくちゃと急いていたのに、蓮池君を前にした今、私の口は頑として動かなくなった。



だから、目で訴えた。



蓮池君の方から、おはようって言ってくれて、私に笑いかけてくれれば。



私は、自分を保ってられると、思うから。



なのに、現実は酷く、残酷だ。



興味を失ってしまったらしい蓮池君は、私からあっさりと視線を外す。


そして。


福田君と話し始めてしまった。



私の1年間は、なんだったのか。



他の女の子たちとは違うと、どこか優越感を感じていた。


私は蓮池君の特別になれると、そう信じていた。




だけどそれは、



私という傲慢な人間がした、ただの妄想だった。




それからの記憶は、ほとんどない。



覚えているのは、絵理の涙。


一緒に涙を流してくれた、仲間の涙。



ただそれだけだった。

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