第20話

ああ、素敵。



そう思っている暇はありません。



「今日も、ごめんなさい。」


「え?」


少し俯いて。自分が情けなくなった。



「話もまともにしないで、ごめんなさい。」


「……ああ、」


聞けば黒蜜君は、緑谷君に言われてこうしてくれている。


どうせ彼の事だから、何か企んでいるに違いないですけれど。


彼の悪戯好きを知っていながら、黒蜜君と過ごせる一時を取ってしまった自分の邪な心のせいで、黒蜜君は昨日も今日も、気まずい思いをしているのに違いありませんから。


そんな私の言いたいことを分かってくれたらしい黒蜜君。


やっぱり明日からやめる、などと言われたらどうしましょう。



「じゃぁ、明日からさ、」


私の前に、影ができて。



見上げれば、黒蜜君のブラウンの瞳が私をまっすぐに見下ろしていた。



「っっ、」



息を呑んだ私に、黒蜜君は妖艶に、ニヤリと笑いました。


どこかその、余裕のある笑顔に違和感を覚えたけれど。


鼻が当たりそうなくらいに近付いたその距離が、私の思考を鈍らせます。



「明日から1つずつ、自分たちのことを話して行こうか。」


そう言って、一歩離れた黒蜜君に、ぎこちなく頷けば、満足そうに笑った彼は、踵を返した。


ハッと我に返った私が慌てて周りを見れば、不思議と誰もいなく、先ほどの私たちを見ている人間はいないようでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る