第23話

「んんっ、あ、あんっ、」


「っっ、知子、」



『愛してる。』



それでもその続きを言うことができないのは、俺が臆病なせいだろう。



知子ももう、30だ。


きっと親や周りからは、結婚の話が出ている年頃だろう。



手放すべきだと分かってはいる。



俺はこの世に、自分の子を生み出すつもりはないからだ。



しかし。



「知子。」


「っっ、ん、」



いじらしく、俺の前ではいつも笑顔のこいつを、この腕にいつまでも抱いていたい。




馬鹿な自分の考えに自嘲の笑みを漏らし、知子の唇を塞いだ。




ーーー、




「先生?」


「っっ、」




名前を呼ばれて気がつけば、京極雫が不思議そうにこちらを見ていた。



「すみません、少しボーッとしてました。」


広大な敷地に拡がる庭の端、苦笑いの俺に京極雫は目を丸く見開いている。



「私ならまだしも、先生が?珍しいこともあるものですね。」



そんな京極雫の言葉に、俺は苦笑いを深めた。



この人は自分を卑下することがとても”上手い”



どの事柄よりも自分を下に見る傾向がある。




それは彼女の主治医としては真っ先に直してもらいたい欠点だ。

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