第32話

「っっ、」



ただそれだけなのに、篠田幸樹は目を見開いて驚いている。


ただ、見つめあうだけ。


篠田幸樹は何も言わない。ワタシ達の進路を塞いだまま、観察するようにワタシを見ているだけ。



不愉快さに、眉間に皺が寄った。芽依が今、心を閉じていてよかったと思う。


この男を、芽依は……いや、ワタシ達は大好きだった。



普段無愛想で人に冷たい印象を与えるこの男が、不器用なりに芽依を大事にしてくれて、人というものが信じられない芽依の心を癒してくれた。



抱きしめてぬくもりを与え、笑い合う仲間をくれた。



この、指輪も。



《これ。》


それも、ワタシが引っこ抜けばあっさりと取れてしまう。



《返すね。》



いや、そういうものなんだろう。全てが。


結局芽依は、この男に与えられるだけだった。


心も、温もりも、仲間も。



与えられただけのものはやがて、その人間から取り上げられてもなんらおかしいことじゃない。


この男が捨てる。そう言った時、芽依にはなすすべもなく。



《”新しい姫”にどうぞ。あ、名前彫ってるから使えないか。》


「っっ、」



私のあからさまな嫌味に顔を歪めたこの男より気持ちが大きい時点で。

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