第59話

「行ってもいいですか?」


「ああ。でも失礼のないようにな。」


「はいっ。」



鞄からようやく色紙を取り出した女性は、ものすごい早さで雀に駆けよっていった。



室内だからそんなに距離はないのに、短距離走でもするかのようなスピード。その勢いに圧倒されていると、隣の秋穂さんが溜息を吐きだした。



「俺だけじゃ雪花の担当は難しくなったんだ。雀が嫌がるからパートナーは作りたくなかったが……これからあいつも雪花の担当になる。あの通り雪花の小説が好きで、雪花に憧れて入社を決めたようなマニアだ。情熱だけは買ってるよ。」



鼻を鳴らした秋穂さんは、仕方がないとばかりに笑みを零した。



「冬さん、うるさいだろうけど多めにみてやって。」


「はぁ。」



いまいちピンとこないけど、秋穂さんみたいにあの女の人も、この家に出入りして仕事をするということだろうか?



そう思うとほんの少しだけ、嫌な気分になった。それはあの人が女の人ということもあるけど……



雀を前に色紙を持って嬉しそうに話しかけているあの女性が、ただの仕事仲間として接しているようには見えないからだ。



もしかしたら、雪花の大ファンだからなのかもしれない。私だって、目の前にあこがれの人がいたらあれくらい興奮するかもしれない。

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