第57話

「あの、火炉?」


「なんだ。」



不思議だ。この女といると、笑いが止まらない。



「食べないんですか?」


「……ああ、食べる。」




俺が食うと言えば、ホッと息を吐いた和子。その安堵の真意はなんだ?



「なぁ、和子。」


「はい?」



お前が言った。俺は感情が匂いで分かるのに、肝心なことに気付いていないと。



「俺はコレでは、満足しない。」


「……。」



俺が他の女を食うと言えば、お前は嫉妬の香りを強くする。それは贄としての嫉妬なのか?それとも……。



「しかしお前が、俺に食らわれるというのなら、コレで我慢してやろう。」



それなのにお前は、食らうと言えば期待に満ちた表情をする。





お前にとって食らわれるということは、死を意味するというのに。



それなのにお前は、俺が"肝心なこと"に気付く前に、この世を去ろうとしている。



それが俺には腹立たしい。



「食らうのは、肉ではない。」


「では、なにを?」



お前は俺に気付かせたいのではないのか?お前の心の中に潜むその感情を、俺に。



それなのにお前は、今すぐ俺に食らわれても良いと思っている。矛盾した俺の贄。




「味わうのはなにも、肉でなくても良い。」




不意に引き寄せ、首を傾げる和子の耳を湿らせれば、驚きに飛びのいた和子の目がみるみると見開かれていく。

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