第63話
イーサンが率いる騎士団は翌日早朝に出発した。先頭はイーサン。それを見送る平民たちはその貫禄と怖さに震え上がり、平身低頭して彼を見送る。長い行列が後尾になるにつれ、彼らは立ち上がり、笑顔を見せ、歓声を挙げる。彼らは騎士団が何のために戦場へ赴くのすら知らない。そんなことはどうでもいいのだ。こうして普段見ることもできない騎士団がパレードをしてくれている。それだけで暇つぶしになるからだ。
真剣な表情で前を向くイーサンを心の底から心配して見送る者などここにはいない。あのエラ・グランヴィルがこの場にいないのだから当然だった。
歓声を受け戦場へ出立していく騎士団をテラス席から見下ろす貴族たちは、一様にその話題に華を咲かせていた。
「もう飽きられたのかしら。」
「死ぬからどうでも良いのでは?」
「今度ばかりはもう殺戮兵器もやばいだろう。相手は蛮族。地形の利を利用しやりたい放題だと聞く。対して我が軍は基本的に平民と低位貴族の次男三男を使っているのだろう?勝利など難しい。」
「どうも、ある程度数を減らし協定を結ぶ手筈らしい。この戦いは負けなければいいという気楽なものらしいからな。」
「なるほど。やはり協定は王直属の近衛の先鋭がやるのだろうからな。高位貴族の威光に、蛮族たちもひれ伏すことだろうよ。」
今回の作戦は、最低限の編成で出立する騎士団が蛮族の数を減らし、ある程度のところで王直属の近衛軍が協定を持ち掛け、勢力を国へ取り込むというものだった。今はびこっている蛮族の正体は、近隣の国から迫害されてきた民。それに強盗やならず者、山賊まで加わり、凶悪な存在へと変化したもの。
この国は豊かとはいえ、まだ一部の食料や産業は他国を頼らなけらばならない。サザムンド王国が豊かになるためにはまだまだ人口が足りないのだ。しかし平和な今、侵略戦争で人口を増やすのは愚策だ。いくら強国とはいえそのような愚行を繰り返せば人口と領土は増えど内戦を勃発しやすいし、なにより近隣諸国の反感を買いやすい。
そこで、この度の戦争だ。話題の殺戮兵器に敵の数を減らしてもらい、恐れおののいたところを高位貴族の威光で取り込む。宰相の描いた計画は完璧だった。だから騎士団に割く人員はいつ減っても困らないような者たちだけに留めた。
しかし、そんなことは平和ボケした高位貴族の夢物語に過ぎず、先頭で今日も恐怖をまき散らす騎士団長はとっくに気付いていた。
ーーーエラとした約束を守るのは、難しいことに。
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