なぜ、水陸が逆転したのか
眠りから覚めると、外の景色はすっかり変わっていた。明るかった空はすでに夜に包まれ、沈黙の中で一切の音も感じられない。どうやら自分が寝ている間に時間が過ぎてしまっていたようだ。この状況では探索どころではなく、船内での準備を進めるしかないと、レオンは冷静に判断する。
「ローラン、体温偽装装備の製作を始めよう。今夜中に少しでも進めたい」
「了解しました、レオン。必要なパーツを手元に用意します」
船内はすっかり落ち着いた雰囲気に包まれていた。ランプの灯りが船内を温かく照らし、薄暗い空間の中で機械音が静かに響いている。レオンは冷却システムや赤外線遮蔽フィルムなどの部品を取り出し、手早く組み立て始めた。
「ねえ、ローラン、こうして作業していると落ち着くよ。ここには危険な生物もいないし」
「その通りです。船内は安全ですから、安心して作業に集中できます」ローランの声には、いつも通りの冷徹な響きがあったが、その言葉にはどこか心地よさが感じられた。
「これでよし。体温偽装装置の基礎部分は完成だ」
「素晴らしいです、レオン。明日の探索が少しでも安全になるはずです」
夜が深まり、船内の温度も低下してきた。少し集中しすぎたかもしれない。少し休むことにした。偽装装置の仕上げは明日に回し、ベッドに横たわる。しかし、完全にリラックスすることはできなかった。いつ何が起こるかわからない世界だ。夜行性の生物もいるかもしれない。
「ねえ、ローラン。浮遊クラゲみたいな生物はまだいると思うんだけど、この船の装備で対処できそうかい?」
「それは難しい質問です。どんな生物がいるか分かりませんから。ただ、昼の一件から考えるに、以前は海にいた生物が進化して陸上での生活に適応しているのではないでしょうか。もしくは水陸どちらでも生活できる種族がいるかもしれません」
「なるほどね」
レオンはワニを思い浮かべた。鋭い歯に強力なあごの力。そして、獲物を捕らえるとぶんぶんと振り回して弱らせる。あれだけは勘弁だ。危険な生物に対処するには武器が必要だ。拳銃のように持ち運べるものが。
「ねえ、電気銃は作れるかい? 今後は水中に行くと思うから、防水性のものがいいんだけど」
レオンは映画に出てくるようなものを思い浮かべる。シャープな外見だが、威力は抜群。
「非常に申し上げにくいのですが、それには船の重要パーツが必要です。具体的に言いますと、地球脱出時のブースターの補助装置です」
「ちょっと待った。それじゃあ、ローランの提案を受け入れると……」
「ええ、再び宇宙航行をするには都市の跡地からパーツを拾ってくる必要があります。あるいは、電気銃の威力を抑えて、パーツを使用しないか」
目の前に迫った危険か将来的な希望か。天秤にかけるまでもない。
「その重要パーツを使うよ。今から仮眠するから、その間に作れるかい?」
「もちろんです。さすがに体温偽装装置などは難易度が高いので、レオン自身が作る必要がありますが」
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仮眠から目覚めると作業スペースには電気銃が出来上がっていた。期待していたようにスリムではないけれども。
「ローラン、ありがとう」
「どういたしまして」
今日中には体温偽装装置の仕上げまで済ませてブレスレット型の端末に組み込みたい。早速取りかかろうと思ったが、昨日と同じ環境だと気が滅入ってしまう。窓越しにはどこまでも続く荒廃した地面が広がっている。生き残った人々を見つけるのが先か、レオンが死ぬのが先か。ネガティブな思考は良くない。見たこともない生物に出会えることを楽しもう。肉食は困るけれども。
「ローラン、なんで水陸が逆転したと思うかい? 核戦争じゃあ、逆転現象は起こらないと思うけれど」
「正確な情報を持ち合わせていないので、回答を差し控えます」
レオンは思わず苦笑する。ローランはAIだから、しょうがないのかもしれない。旧型AIは「AIとは何か?」と聞いたら「答えられません」と返事があったというエピソードもある。それに比べれば、マシなのかもしれない。
そんなことを考えていると、体温偽装装置が完成した。ブレスレット型のデバイスに組み込むが、重くなった感覚はない。これで浮遊クラゲ対策は万全だ。隠れて逃れるか電気銃で撃退するか。隠れるのが無難だろう。弱点はまだ分からないのだから。
「少し散歩に出かけるよ。何かあったら腕につけたデバイスから知らせてよ。前みたいに急に『未知の生物が現れました』なんかは勘弁だけれど」
すると、ローランから「それは保証できません」と返事が来た。
レオンは散歩しながら、ぼんやりと考えていた。もし、地球での生き残りが自分だけなら、人類は滅亡するだろう。しかし、レオンと同じく宇宙旅行から帰ってきた人がいたら、滅亡は回避されるかもしれない。どうにかして仲間を探したい。それには、巨大な通信装置が必要に違いない。
通信装置を作るのにも、船体の部品を使わざるを得ないかもしれない。そうなると、再び宇宙へ飛び立つことは不可能になる。それだけは避けたい。早く金属類を手に入れなければならない。
「レオン、付近に金属の存在を感知しました」
突然、ローランの声が聞こえる。そんな都合よく、簡単に手に入るのだろうか。
「方向はどっち? 右かな? なんか盛り上がりが見えるから」
もしかしたら、鉱床かもしれない。そうなれば、大きな一歩だ。金属の種類次第だが。
「はい、右です。ですが、少しおかしいです」
「おかしい? 具体的にどんな風に?」
「金属が動いています」
「ローラン、冗談はよしてよ。それとも、僕みたいに疲れたのかい?」
「私はAIです。人間であるレオンとは違い、疲れはしません。それに、レオンにも見えるでしょう。盛り上がりが動いているのが」
その通りだった。盛り上がりは徐々にこちらに向かってくる。何が原因か分からないが、浮遊クラゲのように凶暴な生物の可能性が高い。
逃げようとするが、盛り上がりに追いつかれた。そして、盛り上がりから現れたのは――頭に金属のドリルがついたモグラだった。
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