凍えるような愛を、あなたと

蒼色ノ狐

凍えるような愛を、あなたと

  —―モンスター


 それは人間とは異なる創作上の生き物であり、基本的には人間の敵として描かれる事が多い。


「……って言うのも、もう昔の話だよな」


 既に九月に入り、だいぶ過ごしやすくなってきた夜。

 しがない会社員である俺こと雪村政義は、そんな事を思いながら自宅への道を歩いていく。


 今年でモンスターたちが住む魔界との交流が始まって数十年、様々な事が変わっていった。

 中でも結婚や出産のパーセンテージはうなぎ登り状態である。

 当初は様々な問題があったが、今では魔界の住人がいるのが普通になっている。

 今も近所のオークの家族とすれ違いながら、自宅へと辿り着く。


「ただいま~」


 そう言いながら玄関を開けると同時に、一気に冷気が体に纏わりついてくる。

 だがこれは決して冷房の掛け過ぎなどではない。

 むしろ家では夏の間であろうと冷房要らずなのだ。


「お帰りなさい、あなた」


 料理をしていたのか、エプロンをつけたまま現れたのは俺の妻である雪村愛。

 不細工ともイケメンとも言えないような俺とは違い、近所でも美人妻と噂されている自慢の嫁だ。

 輝きを放つような長い銀髪に、透き通るような白い肌。

 何年経っても変わらないその姿を見る度に、会社での苦労が報われていくような感覚がする。


「今日は早かったのね」

「ああ。ここ最近忙しかったから早く帰ってやれって課長が」

「そうなの? 課長さんって確かラミアだったかしら?」

「そうそう。だから実際は自分が早く旦那と会いたいんだろうって、皆で笑いあっていたよ」


 他愛無い会話をしながら、自室へと戻ってスーツを脱いでいく。

 愛はその話に笑顔で相打ちを打ってくれながら、料理を進めていく。

 私服へと着替え終わってリビングに向かうと、そこには豪華な料理が並んでいた。

 ローストビーフにコーンスープ、そしてサラダとパン。

 洋食で固められた冷製の料理たちを見て、食欲が刺激されていく。


 さて、ここで一つの問題を出そう。

 何故涼しくなってきたこの時期に、どうしてこうも冷製の料理が並んでいるのか?

 そもそも何故帰宅した時に冷気が溜まっていたのか?

 その答えは……。


「今日も美味しそうだな」

「ふふ。全て冷製なのは片手落ちだけどね。雪女だから火を長時間使うのは辛くて……」


 まあ……そういう訳だ。

 俺も世間の流行りに漏れず、魔界の住人である雪女の愛と結婚した口である。

 とは言っても決して流されて結婚した訳じゃない。


 愛との出会いは高校生の時。

 まだ魔界との交流が本格化して間もない頃、転校生として愛がやって来たのだ。

 雪女である事とあまりに美人すぎる事から、皆から遠巻きに見られていたのを気を使っている内にいつの間にか……という奴だ。

 結婚したのはつい最近だが、同棲自体はもう何年もしていたから居ないと不自然なぐらいにまでなっている。


「「いただきます」」


 二人揃っての食事をしながら、たわいのない会話の続きをする。

 今日は会社でこんな事があったとか、今日は何々が安かったとか。

 そうこうしている内に食べ終わり、食後のコーヒーが出てくる。

 無論アイスだ。


「ふ~。やっぱりこの時間が一番落ち着くな」

「お粗末様でした」


 それからしばらく静かな時間が流れる。

 すると突然、身震いするような冷気が体を襲いかかる。

 慌てて愛の方を見ると、そこには笑っているが笑えていない。

 そんな顔をした妻がいた。


(あ、これヤバい)


 長年の経験から、かなり怒っている事を察して俺は姿勢を正して愛に質問する。


「すまない愛、何に怒っているんだ?」

「分かりませんか?」

「……すまん」


 経験上、下手に言い訳するよりも素直に言った方がまだマシだと知っているのでここは謝る。

 すると愛は急にそっぽを向く。


「……匂い」

「ん?」

「匂いがします。他の種族の女の匂いが」

「あ~」


 忘れがちであるが、愛はかなり嫉妬深い。

 この間もテレビに出ていたアイドルを見ていただけで睨まれたほどである。


「言わなかったけ? 最近入った新人の子がハーピィーでさ、人懐っこくて引っ付いてくるんだよ」

「……」


 愛は黙ったままそっぽを向いたままだが、周りの冷気は段々と収まってきている。


(もう一押し!)


 本当はこんなタイミングで言うつもりは無かったが、それでも利用できるものは利用させてもらう。


「愛」

「何?」

「今度の休み、久しぶりに旅行にでも行かないか?」

(ピクッ!!)


 そう、何を隠そう愛は旅行が大好きなのである。

 大学生時代は行き過ぎて単位が危なかったぐらいには。


「どうかな?」

「……本当に?」

「うん」

「……分かった。今回は誤魔化されてあげる。ちょうど行きたいと思ってた場所があって」


 そう言うと愛はテーブルから旅行雑誌を取って来る。

 その表情は心からの笑顔が浮かんでいて、冷気も通常レベルにまで落ち着いた。


(ああ、やっぱり)


 愛のその表情を見てると、幸せだと思えてくる。

 この先、例えサキュバスからの誘惑があろうと、この笑顔には代えがたい。


「ここなんだけど……どうかな?」

「どれどれ? ……ん? 本当にここでいいのか?」


 そこは書かれていたのはここからそう遠くない旅館で、正直ここに泊まるぐらいなら別に日帰りでも構わないぐらいだ。


「そ、その。もっとよく見て?」

「ん、まあそう言うなら」


 そう言って端から紹介文を読んで見ると、温泉の部分が二重丸で囲われている。

 ……子宝の湯に。


「……」


 黙って愛の方を見ると、顔を真っ赤にしながらモジモジしている様子だった。


(これって……つまりはそう言う事だよな)


 愛が何が言いたいのか察して。

 そして貯金やこれからの事を考えて。


「……いいよ」


 そう言ったのだ。


「そ、そう! じゃあ今から予約するね!」


 そう言って素早くスマホを取り出し番号も見ずに旅館へと電話をかける妻の姿を見て、俺は決心する。


(精力剤買っておこ)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 この夫婦が子連れになる日も、そう遠い日ではないのかも知れない。

 これは魔界と親密になった生活の、ごくありふれた日常。

 その一部である。

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