エピローグ

以上は、筆者の地元に程近い⚫︎⚫︎市に住むとある男性(仮にAさんとしておこう)にインタビューした内容を、可能な限り忠実に書き起こしたものである。


彼にインタビューを行ったきっかけは、長年空き家だったとある民家とその周辺の土地を一人の青年が購入し、大規模な改修を行なった、という噂を、帰省の折に母から聞いたためである。


その青年というのが、Aさんである。


さらに彼は、敷地内にある古ぼけた虫だらけの祠に毎朝手を合わせている、それでいて祠を修繕する様子は一向にないという。地元住民も不気味がっているとのことだった。


詳しい事情を知りたいと考えた筆者は、非常識ながら休日にその家を訪問することにした。正直に言えば、小説を書くネタになるかもしれないとも思っていた。


Aさんが誰なのかは、すぐにわかった。家の近くに着いた時点で、背の高い男がしゃがみ込み、手を合わせていたのだ。そこには確かに、虫まみれの祠があった。


「あの」


筆者が声をかけると、Aさんはしばらくの間無視して祈り続けた後、立ち上がって祠にお辞儀をし、そしてようやくこちらを向いて笑った。


「すみません。お祈りの時間だったもので。どうしました?」


筆者が事情を説明すると、Aさんは「確かに、側から見たら変ですよねぇ」と大笑いした後、先ほどの話をしてくださった。


「それ以来、何かとこの祠に手を合わせていたんですが……この辺りの取り壊しが決まったので、買ってしまいました。やっぱり大切な思い出の祠ですから」

「なるほど、お若いのにすごいですね」

「いやいや、借金したんですよ。でも仕事がうまくいっててね。無理なく完済できそうです」


そう笑うAさんに、筆者は違和感と嫌悪感を覚えていた。たった今聞いた話を反芻するほど、それは膨らんでいく。


筆者は、少しの逡巡の後、口を開いた。


「本当に、いいんですか?」

「何がです?」


Aさんはきょとんと首を傾げる。


「お話を聞く限り、福原さんはその、祠の神様か何かによって別人になってしまったように思えるんですが、あなたは本当に、それで良かったんですか?元の福原さんの意思は……」


「あれ?なんのひとです?」


私が言い終わる前に家の中から、もう一人男性が出てきた。童顔で、どこか遠くを見るような表情をしている。


「ああ、なんか話が聞きたいって」

「ふうん。お祈り中にですか?」

「ううん、お祈りが終わってから。最中は無視しちゃったからちょっと申し訳なかったけど」

「そうでしたか。なら」


男性は、こちらを向いてあまり興味がなさそうに笑い、自分を指さして言った。


「これは、福原と言います。今日はこれと⚫︎⚫︎(Aさんの本名)の二人の休みなので、戻りたいのですが」


福原。


まさか本人が現れると思わず、筆者は硬直してしまった。


福原さんはAさんの腕に手を絡めて、


「いきましょう」


と言った。Aさんも幾度か頭を下げながら、家の方を向く。引き止めることはできなかった。


最後にAさんは、こちらを向き直ることなく言った。


「えっと、元の福原くんの意思、でしたっけ?それそんなに大事です?大事なのは福原くんが可愛いことと、僕のものってことですよ」


言い返そうとする筆者に向かって、Aさんではなく福原さんが振り向いた。嘲るようにペロリ、と舌を出す。


筆者はたまらずその場から逃げ出した。


福原さんの舌には、ウジ虫がびっしりと張り付き、ひしめいていた。

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