ヒーロー

ユーリイ

ヒーロー

毎日同じ夢を見る。

僕は道路に横たわる二人を見下ろしていて、彼らを前にすると鼓動が速くなって、なんだかとんでもないことをしてしまったような、そんな罪悪感に苛まれる。息が苦しくなって、もうここにはいられないと強く思った時、気づけば辺りは暗闇で、誰かが優しく語り掛ける声が聞こえる。今日は晴れだとか、海を見に行きたいだとか、明日から暑くなるだとか、意味のないことを話す声が心地よくて、いつの間にか呼吸は整っている。そんな夢を、毎日。


ピピッとアラームが鳴って、携帯を見ると時刻は朝の七時だった。今日は一限に必修があるけどどうも行く気になれず、一緒に授業を受けている友人に欠席の連絡を入れる。二度寝して起きたら行こうと思い、また布団を被ろうと引っ張ると、何かが引っかかって持ち上がらない。確認する気も起きず、そのまま寝てしまおうかとした時、近くで声が聞こえた。

「いつまで寝てるんだ。今日一限必修だろ」

聞き覚えのある、落ち着いた声。少し掠れていて、含みのある声。よく聞いた声。まさかと思いつつも声のする方を見ると、幼馴染のりくが立っていた。三ヶ月前、事故で死んだ彼が。

驚いて声も出ない僕に、りくは優しく微笑む。

「ついてってやるから、早く起きろよ」

そう言って僕の手を取り、起き上がらせる。タンスを勝手に漁ってシャツとズボンを引っ張り出す彼を見て、僕の口はやっと開いた。

「りく、なんで?」

「そらが心配だったから。助けに来た」

りくは着替えをぶっきらぼうに手渡しながら微笑む。

ほら早く、と急かされて、僕は身支度を整えて家を出た。電車に乗って、大学について、友人に驚かれながら講義を受ける間も、また電車に乗って、帰ってきても、りくは僕にぴったりとくっついて離れなかった。

「なにしにきたの?」

隣でお菓子を頬張るりくに話しかける。今日一日、小言をはさみながら着いてくるだけの彼に対して、純粋な疑問だった。

「助けに来たんだよ」

「助けにって、ついてくるだけだったじゃん」

「んー」

「真剣に答えて」

ちゃんと答えない彼にイラついて、お菓子の袋を取り上げる。

「そら自身の問題だよ。お前がとろとろしてるから迎えに来たんだ」

どうして死者に迎えに来られるのかわからない。

「僕は生きてるよ」

「そうだよ生きてる。ちゃんと生きてる。だからもう現実をみろよ」

りくは怒ったような、懇願するような目で僕を見る。

「お前は生きてる。目を覚ませ。言いたかった言葉があるんだろ」

その瞬間、目の前の世界が反転して、見覚えのある景色に移り変わる。毎日見る、あの景色。いつもと違うのは、道路に横たわる二人のうちの一人の視点に切り替わったことだ。

彼は、僕だった。痛む体を無理やり起き上がらせる。左を見ると、りくがいた。さっきとはまるで違う。青白い顔と、血だらけの体。横たわったまま動かない。右を見ると、ドアが外れて横転した車があった。僕の車だ。

思い出した。あまりにも辛くて、残酷で、思い出したくなかった記憶。僕が生涯かけても償い切れない、大罪を背負った日。僕がりくを殺した日。

立ち上がることができなくて、ほふく前進でりくに近づく。目がかすんで、僕も中々重症だということに気づく。りくの体はまだ暖かくて、僕には彼がまだ生きているように見えて仕方がなかった。喉が掠れて、ごめんの一言さえ言えないまま僕の視界は暗転する。

いつもの、あの景色。暗闇の世界で心地好い声が反響する。

これはきっと、夢なんだ。僕はりくを殺した現実を受け止め切れず、夢の中で幸せになろうとしてるんだ。

別に、それでいいじゃないかと思う。思ってしまった。幼馴染を殺しておいて、その罪すらも償おうとしないまま夢の世界に逃げるなんて、我ながらとんでもない人間だと思う。

早く起きて、と声がする。起きれない。僕は罪悪感と向きあえるほど強い人間ではない。

「そら、いいよ。俺、怒ってないから」

暗闇に一筋の光が指す。りくの声で再生されるその音は、僕が欲しかった言葉そのもので、なんだか泣きそうになる。

「りく、ごめん。ごめんすらいえなくて、ごめん」

ごめん、ともう一度繰り返す。

いいよ、と笑う声がする。

一筋だった光が次第に強くなり、目が痛くなる。その光を掴もうとして手を伸ばす。形のない光を掴んだ時、僕の体は浮き上がり、あまりにも眩しい光に耐えられなくて目を閉じた。


手を、握られている。固く握られたその手は暖かくて、何故だか分からないけど、それはりくのものだと思った。

目を、開く。左を見ると、泣き腫らした顔で寝ているりくがいた。頭には包帯を巻いていて、右手はギプスで固定されているけど、青白くなく、血なんてどこにもついていない。夢の中で僕につきまとってきたりくが。

「なんだ、生きてたの」

そういって笑っていたら、りくが目を覚ます。

「三ヶ月も寝といてなんだよ。他に言う言葉があるだろ」

嬉しさが滲んでいる彼のしかめっ面を見ると、なんだか笑けてきた。

「ごめんね、りく。逃げてごめん」

やっと、言えた。ずっと言いたかった三文字。彼は僕の贖罪に付き合ってくれた。僕がこの先、笑って過ごせるように。罪悪感と向き合えるように。

「いいよ。ちゃんと戻ってきたから」

少し掠れた声でそういう彼は、間違いなく僕のヒーローだった。

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