寺子屋『ひまわり』
菊池昭仁
第1話
古い商店街の中にある潰れた食堂、そこが「寺子屋ひまわり」だった。
いわゆる学習塾だが子供たちからお金は取らない無料の学習塾だった。
勉強を教えるだけではなく食事も提供され、寄宿することも可能だった。
ゆえに事情があって家に帰れない子供たちもここから学校へ通うことも出来た。
更に勉強したい子供は希望すれば高校や大学進学もさせてもらえた。
「寺子屋ひまわり」の代表は桜井
桃香はみんなから「ひまわり先生」と呼ばれていた。
ポッチャリ体型の丸顔で背が高く、太陽に向かって咲く、ひまわりのようにいつも笑っていたからだった。
ここの運営は桃香と、それに賛同する商店街の人たちや全国の支援者たちの善意によって賄われていた。
別に義務ではないが、ここで世話になった子供たちがお金を稼げるようになると、お金や物、労働などを提供して「寺子屋ひまわり」を守ってくれた。
ここはそんな社会から見放された弱者のためのシェルター、避難所だった。
現在の学校教育は平等ではなく義務教育とは名ばかりで、給食や上履き、体操着、縦笛や裁縫セットに至るまで、様々な学用品等が有償だった。
個性は今の集団教育の中では消されてしまい、いじめが日常になっていた。
40人学級で子供をきちんと教育することには無理がある。
教師の質も低下の一途を辿るばかり。義務教育は国家にとって都合のいい、扱い易い人間を作ることがその目的になっていた。
勉強を教えるなら優秀な塾講師の方がいいし、体育や中途半端な部活をさせるよりもリトルリーグやクラブチームに子供を入れた方がいい。
学校は子供たちのためにあるのではなく、文科省や教育委員会、日教組などの組織のための存在になっていた。日本の教育はすでに崩壊していた。
「寺子屋ひまわり」はその子供の才能、能力に応じてのマンツーマン教育が主体であった。
講師は「寺子屋ひまわり」の趣旨に賛同してくれた大学生や元教師、主婦やサラリーマン、年金生活をしている老人たちのボランティアによって支えられていた。
「今日の勉強はここまで。みんなでご飯の支度をしましょう!」
ここではみんなで協力して掃除や食事の用意、後片付けもみんなで行う。
清潔、清掃、整理、整頓。それから
課外授業として遠足や社会見学もあり、生徒の個性に応じた教育がされていた。
今日の夕食はカレーだった。金曜日はカレーの日になっていた。
「たくさん作ったからいっぱいお替りしてね?」
「はーい!」
子供たちは自分たちで調理したカレーを美味しそうに頬張っていた。
昨日、母親に連れられて来た伊東奈美は小学4年生だった。
桃香たちは奈美を囲むように食事をしていた。
奈美は少しだけカレーライスに手を付けると、俯いたままポロポロと泣き出してしまった。
「奈美ちゃん、今日は先生と一緒に寝ようか?」
「・・・」
奈美は黙っていた。
ここに来た子供たちもみんな最初は不安で寂しい。
たとえ親から虐待を受けていても、やはり親と一緒に暮らしたいという子供は意外に多かった。
だが大体の子供は一週間もすると、みんなと打ち解けるようになる。
子供たちは年長者が下の子供たちの面倒をみるようにグループ分けされていた。
二階が居住スペースになっていて、男女に分かれて二段ベッドが置かれ、当直の大人の宿直室と桃香の仕事部屋が置かれていた。
深夜、子供たちの様子を巡回すると、泣いている子供もいた。
本来、子供たちが成長するにはやはり家族が必要なことは言うまでもない。
そんな子供たちを家族として、思い遣りのある人間に育てることがここ、「寺子屋ひまわり」の理念であった。
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