第9話

 退院できるかもと言われた日から、約1ヶ月が経った。今日も空は晴れている。

「矢川さん、よく頑張りましたね」

いつものように先生は優しく微笑む。お母さんは勢いよく椅子から立ち上がった。

「先生、それは退院できるってことですか!?」

私も先生の顔を見る。先生はニッコリと笑った。

「はい、これからは通院での治療に切り替えましょう。おめでとうございます!」

先生は隣に立っていた看護師さんに、何かを伝えている。お母さんと私はその場で抱き合った。

「失礼します」

お母さんと軽く頭を下げ、私達は診察室を出た。待合室では佑紀君が待っていた。私は急いで佑紀君に駆け寄った。

「どうだった?退院、できそう?」

私は佑紀君の声に大きく2度頷く。

「うんっ!これからは通院で治療するんだって」

顔の横にピースを作って笑って見せる。すると、佑紀君は安心したように体の力を抜いた。

「じゃあ、明日速攻でドレス見に行っちゃう?丁度昨日の夜、プランナーの方から電話がきてたんだよね」

佑紀君はスマホを取り出して、予定の確認を始める。

 待ちに待ったドレス選びだ。私は嬉しさで、今にも飛び跳ねそうな気持ちだった。


朝、美味しそうなお味噌汁の匂いで目が覚める。朝ご飯は、毎日佑紀君が早起きして作ってくれていた。今日の具材が気になって、布団をどかして立ち上がる。

「あれ、歩ちゃん今日は早いね。おはよう。もうすぐできるから顔洗って待っててくれる?」

半分寝ぼけている頭で、コクっと頷いた。怠け者のようにのそのそと洗面所まで歩く。鏡に映った私の髪は、見事なまでにボサボサだった。

「コンタクト、コンタクト…」

眼鏡を外してコンタクトを指の先に乗せるが、眼鏡をしていないから鏡がぼやけていて何も見えない。手探りで目の位置にコンタクトを持っていき、なんとか目に入れる。

「…よし、見えるようになった」

洗面所の鏡は、毎日佑紀君が磨いてくれているからいつでもピカピカだ。部屋にもホコリ1つ落ちていない。

「―私、妻としてどうなんだ?」

自分で言って、失笑してしまった。シュシュで緩く髪を縛って、ダイニングに歩いていく。テーブルの上には、久々に見る佑紀君が作った朝ご飯が並んでいた。

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