トライアムネクサス

アイコーン

序章-滅亡-ディストラクション-

その世界は滅亡しつつあった。ありとあらゆる場所を炎が飲み込み、先ほどまで生きていた人間たちの躯を飲み込んでいく。

ドス黒い闇が世界を覆っていく。あちこちで巻き起こる恐怖と絶望の悲鳴など聞き飽きて、悪夢のような世界を4人の男女が駆けていく。1人の女性を守るかのように3人の男性が三角形を作りながら走り抜けていく。


「マザーを守れ!」

「八徳の玉を渡すな!」


声をからして自分たちを鼓舞する彼らは最後まで人々を守り抜き、戦ってきた勇士たちの内の3人、シノ、スゼン、ソーグ。そしてマザーと呼ばれる光の巫女。彼らはなんとしても共に走るマザーと、彼女の持つ物を守らなければならなかった。この世界は最早助からないかもしれない。だが彼女が生きてさえいれば望みはある。彼女こそが最後の希望なのだ。

最早走る余裕などなく、長すぎた戦いの果てに体中傷だらけだが休む暇などない。ほかの仲間たちが先に向かった場所まで走り続けなければならないのだ。


「見えてきたぞ!」


スゼンが叫んだ。目の前には巨大な光の塔が見える。あれこそが目的地であり、封じなければならないものなのだ。


「皆、あとわずかだ!あの塔を封じれば世界は救われる!」

「すでにゴドウたちが封じる作業をしているはずだ。あとはマザーの力があれば……」

「彼らも無事ならばよいのだが……」


シノを先頭に、塔が生えている谷の入り口である森の中へと入っていった。


「あっ」


マザーが足元にある石に蹴躓いて倒れた。シノは慌てて立ち止まり、後ろを振り向いた。


「大丈夫ですか、マザー!」

「すみません、シノ」


マザーはシノの手を取って立ち上がる。スゼンとソーグもマザーの体を支えた。


「お怪我はありませんか?」

「いいえ。今は急ぎましょう。あの塔が完成してしまったらこの世界は……」

「この森を通り抜ければすぐです。行きましょう」


そう言って3人は再び走り始めた。

どうしてこんな事に……シノは走りながら考えていた。つい数日前まではこの世界は人々の笑顔であふれ、文明は発達していたはずだった。それが今や死を待つ人間のように朽ち果ててしまっている。それもこれもあの塔が出現してからだった。

一体誰が、何のために?

数多くの疑問を抱えながら、シノたちは森を抜け谷の中へと入っていった。



「………これは一体どういうことだ」

「ゴドウ……ヨリ……メキロス……ルツ……」


谷に入った彼らが見たのは、先に塔の封印に向かったはずの仲間たちが無残な死体となって転がっている凄惨な現場だった。かつてともに世界を守ろうと誓いを立てた仲間たち。しかし今はもう物言わぬ死体となっていた。


「何故だ……一体何があった!!」

「待て、ゼスティンがいないぞ」


灼熱や重圧、様々な負の因果が渦巻く空間とそれを生み出している塔。ゼスティンと呼ばれた男はその塔にいた。

いた、という表現が正しいのか……。その男は何かの本を片手に塔を見上げていた。


「ゼスティン!」


シノが男の名を叫ぶと、それに気づいた男はこちらを振り返った。


「よう、遅かったじゃないか」

「無事だったんだな!」

「ああ。マザーと玉は……」

「どちらも無事だ」

「そうか……ならもう用無しだな」


シノが何か言う前に、二つの影が飛来し、片方が拳で、もう片方が鋭い刃でスゼンとソーグを貫いた。二人は何が起こったのかわからないまま一瞬にして命を奪われた。


「ご苦労。ダーグワン、ヒュグナル」

「なっ……」


シノとマザーは驚愕した。ゼスティンは二人が死んだことなど何でもないという顔をしてこちらに近づいてくる。


「どういうことだゼスティン!我々は仲間ではなかったか!」

「ああ仲間だよ。ついこの間まではね……だがもうどうでもよくなってしまった」

「何だと!?」

「マザーと玉をこちらに引き渡せ。友人としての最後の情けだ、苦しめて殺したくはない。おとなしく引き渡せば苦しまず一瞬で死なせてやる。この世界と共に」


ダーグワンとヒュグナルと呼ばれた異形の怪人がこちらに近づいてくる。確かその名前はマザーがいた城の隠密学者の名前だ。彼らとなによりもゼスティンが自分たちを裏切ったという現状が未だ飲み込めないがシノは腰に下げている剣に手をかけ鞘から引き抜いた。しかしここに来るまで敵の隷属を次々と切り捨ててきて刃はすでにボロボロになっている。戦っても勝てるかどうか。


「ほう、まだ戦う気力が残っているとは。さすがは最高の勇士とたたえられた男だ。その勇気には敬意を表するよ」

「あの男からは邪悪な意志を感じます。今やあなたの知っている存在ではありません」

「そんな……」


マザーの言葉に驚きつつ、シノはふと後ろに目をやった。転がっている7人の死体。ゼスティンに裏切られた末に殺されたのだろうか。スゼンとソーグのように。


パワーファイター風のダーグワンが首を慣らし、逆にスピードが得意なヒュグナルが鋏のような形状の剣をカチカチと鳴らしながら接近してくる。シノが剣を構えてマザーを下がらせる。


「シノ……」

「マザー。なんとしてでもあなただけはお守りします」


シノが戦いを始めようとしたとき、別の声が響いた。


「お待ちなさい。その方の魂は私が連れていきます」


女性の声だ。見るとゼスティンの横に一人の女性がいて、こちらにゆっくりと近づいてくる。塔の光の逆光でなかなかその姿は見えなかったが、ようやく姿が確認できた時、シノは驚愕した。


「君は……ムツキ?」

「はいお兄様。あなたの妹、ムツキにございます」


ムツキは普段兄に話しかけるような口調で話す。しかしその目に宿っているのは憎悪だった。その手には氷でできた鋭い剣が握られている。


「ムツキ……なぜ君まで……」

「嫌ですわお兄様ったら、そんなに驚かれて」

「君まで…裏切ったのか」

「裏切った?……それはお兄様でしょう!?そんな女のために!」


突然ムツキの口調が豹変した。聞いたこともない、普段はお淑やかな彼女の憎悪に狂った声にシノは戦慄した。


「そんな女?まさか、マザーの事を言っているのか?」

「ええそうですわ。その女がいるから、お兄様は変わってしまわれた。昔はあんなに私に構ってくださったのに、その女が来てからお兄様は私の相手をしなくなった!」

「それは我々がマザーの付き人に選ばれたからであって……」

「お兄様には私だけを見てほしかった…こんなに愛しているのに!!」

「何を言うムツキ?我々は血のつながった兄妹ではないか!」


確かに、マザーを守る立場になってからというもの仕事が忙しくなりあまりムツキに会えていなかった。だがシノは知らなかった。シノとマザーが楽しそうに会話をしている陰で、ムツキが憎悪に満ちた表情で眺めていたことを。

するとゼスティンが口を開いた。


「おや?知らなかったのかな?まあ当然か。彼女は君の本当の妹ではないよ」

「え……」

「君が赤子の頃、棄てられていたところを君の家に養子として引き取られたのがムツキだよ。それを知ってからムツキは君のことを本気で愛するようになってしまった。罪な男だねぇ」


今日まで妹だと思っていた彼女が実は他人でしかも自分に好意を寄せていた。その衝撃の事実がシノの判断を遅らせてしまった。


「あなたがほかの女に奪われるぐらいならばいっそこの手で殺してやる!死ねお兄様!」


ムツキの持つ氷の刃がシノに迫る。シノは慌ててマザーを突き飛ばし自分から離れさせたが、シノの体は貫かれた。


「うぐっ……」

「まだ私よりそんな女のために……死ね死ね死ね死ねェェェェェ!!!!」


氷の剣がシノの体を滅多切りにしていく。剣は真っ二つに折れ口からは血を吹き、怒りと憎悪の剣裁きを受けていく。


「む……つ、き……」


彼女に手を伸ばしながら、シノは己の血だまりの中にあおむけで倒れた。


「シノ!」

「やった……ついにお兄様を私のものにすることが出来た!」


ムツキは刃をしまうと、シノの亡骸に近づいていく。


「ああ、躯となっても愛しいお兄様。ご安心ください、ムツキはいつまでもあなたのおそばにいらっしゃいます。そのためにお兄様の魂を私にください」


恍惚とした笑みを浮かべながらムツキがシノの死体に手を伸ばそうとした瞬間!


グオォォォォォォォォォ!!!!


獣の雄叫びが響いた。それは谷の上から聞こえてくる。ムツキが上を見上げると何かが谷を伝ってこちらに降りてくるのが見えた。人ではない巨大な何かが。


「ヤツフサ!」


マザーが叫ぶ。ヤツフサと呼ばれたそれは巨大な機械の犬だった。人をも超える巨大な獣の本能のままこちらに降りてきたヤツフサはマザーをかばうかのように前に躍り出ると尻尾でムツキを跳ね飛ばし、両足を地面に打ち鳴らしてシノの亡骸を跳ね上げその巨大な口でシノを飲み込んだのだった。


「あ……あああ……食った、私のお兄様を……食ったなあああああ!!!」


ムツキが絶叫する。そのすきにヤツフサはマザーを口にくわえるとスピードを加速させ、光の塔の中へと飛び込んでいった。突然の出来事にダーグワンもヒュグナルも、そしてゼスティンも対処できない。


「待て!お兄様を返せ!!」


ムツキの言葉を背にヤツフサは光の中をどこまでも駆けていった。

どのくらい走っただろうか。もう何の音すらしない空間、世界の果てとでもいうべき場所までヤツフサは走り続けていた。


「ありがとうヤツフサ。ここで十分です」


マザーはそういうと、ヤツフサに降ろしてもらった。その時


『マザー、あなたは死ぬつもりですか』


ヤツフサがシノの声で語り掛けてきた。シノの魂を肉体ごと食べたことで、ヤツフサはシノの人格を手に入れたのだった。


「この世界を救うためならば、光の巫女として私は自分の命もささげる覚悟です」

『あなたに死んでほしくありません。私も最後までお付き合いいたします」

「ありがとう、ヤツフサ。では、あの塔を壊す儀式を行います」


そういうと、マザーは祈りをささげた。暖かな金色の光が彼女を包み込み、先ほどヤツフサが駆けて行った場所に向かって流れていく。

世界を覆いつくすほどの黒い闇が徐々に晴れ渡っていく。しかし、すでに闇は世界を全て覆いつくしてしまうほど浸食しており、完全に浄化することは難しいようだった。マザーの顔に苦悶が浮かぶ。

マザーが腰に下げている袋が輝きだし、中から8個の玉が飛び出した。「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」八つの文字が刻まれた玉が宙に魔方陣を描く。

上手くいってくれ。ヤツフサも祈りを込め雄たけびを上げる。膨大な光の奔流は塔へと到達し、覆いつくした。


轟音と共に塔が崩れ落ちていく。成功だ。闇は光にのまれて消えていく。まるで燃え滾る溶岩の上にたらされた水滴のごとく。


「おのれえええええええええ!!!!」


ムツキが悔しそうに地面をたたく。だがゼスティンは余裕を崩さなかった。たとえ闇を晴らせたとしても、この世界はもう滅びたも同然。生き残りは自分たち以外誰もいない。自分たちの目的であった塔……異世界へと続く塔を壊されたのは厄介だが、まだ十分手は残っている。


「それまで逃げまわるがいいさマザー。どこの世界へ逃げようと、必ず見つけ出してやる」



儀式は終わり、マザーの体から光は消え、玉もまた落ちていった。しかしマザーはそのまま倒れてしまった。


『マザー!』


ヤツフサはマザーを起こしたが、驚いた。あまりにも多くのエネルギーを使い果たしたためだろうか、大人の女性だったマザーは少女の姿に若返ってしまっていた。


「ヤツ……フサ…」

『マザー、その姿は』

「いいの、です。これで……当分彼らは追っては来れません。その間にあなたに力を授けます」

『これ以上力を使ってはいけません!』

「これから先必要なことです。受け入れて下さい」


マザーは指から一筋の光を出し、ヤツフサへと照射した。光は一瞬で消え去ったが、ヤツフサは体の中に何かを感じていた。


「あなたに別の世界へ渡る力を授けました。これで別の世界に存在しているあなたの仲間を見つけ出して下さい。玉の導きに従っていけば巡り合えるはず…彼らが、きっと、力に、なる……でしょう……」


はたりとマザーの手が落ちた。するとヤツフサは体に異変が起こっていることを感じ取った。

力の作用だろうか。ヤツフサは日本の足で立ち上がり、顔が90度稼働し内部から顔が出現したのだった。二本足で歩けるようになったヤツフサはマザーの体を体内に収容した。

マザーの言葉通り、落ちていた八つの玉が再び浮き上がりそれぞれ光を放ち空間に穴をあけた。そこには無限大とでもいうべき星空が広がり、その中ではいくつもの世界が存在していた。

まだ闇に浸食されていない世界。おそらく自分の仲間というのはそこにいるのだろう。玉はまっすぐその星空の中に光を指していた。


ヤツフサは玉を体に収めると、光の指し示す方向へ飛び立った。

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