第41話 いつでもおかえりって言うから

『――お兄ちゃん、元気してるー?』


 月凪とゆっくりしていたところ、実家にいる妹から電話がかかってきた。

 なにかあったのかと思いながら通話を繋ぐと、開口一番に聞こえてきたのは以前と変わらずテンションの高い声。


「久しぶりだな、淡翠あみ。相変わらず元気そうでよかった。そっちも夏休みか?」

『そだよー。ちょっと前からね。こっちも暑いのなんので大変だよー。そっちほどじゃないと思うけどさ。淡翠ちゃん暑いの苦手だし』

「中三で自分のことを名前呼びプラスちゃん付けはどうなんだ?」

『こんなのただのおふざけだよ、おふざけ。お兄ちゃんにしか見せない女の顔ってやつ?』


 ケラケラ笑いながら答える妹……淡翠はとても楽しそうだ。

 揶揄われる兄の身にもなって欲しい。


 まあ、過去のあれこれで世話になった分、淡翠には相当甘い自覚はあるけども。


『それより本題なんだけど、お兄ちゃんってお盆はこっち帰ってくるよね? お正月は来られなかったからどうなのかなーって思ってさ』


 なにかと思えば帰省についての話だったらしい。


 実家を離れ、遠方で一人暮らしをしながら高校に通う俺は、長期休みはなるべく実家に帰ることにしている。

 だが、今年の正月は帰っていなかった。

 理由は予約していた新幹線が大雪で止まってしまったから。


 俺の実家は東北の方で、正月にもなれば当然のように雪が積もる。

 そのせいで今年はまだ実家に帰れていない。

 母さんには三者面談の時に会ったけども……父さんと淡翠は元気だろうか。


 電話越しの声を聴く限り、淡翠は全く問題なさそうだが。


「一応そのつもりでいた。あんまり長くいないかもしれないけどな」

『ふーん。例の彼女さんが心配なの?』

「……なんで淡翠が月凪のこと知ってるんだ」

『お母さんが話してたよ? お兄ちゃんにめちゃくちゃ可愛い彼女が出来たーって』


 母さん……いや、よそう。

 月凪と母さんが出会ってしまった時点で、家族全員に知られるのは確定していた。


 淡翠は今、すごくいい笑みを浮かべていることだろう。

 もちろん悪い意味で。


『まさかあのお兄ちゃんに彼女が出来るなんて思ってなかった……とは言わないけど、淡翠はまだ疑ってるんだよねー。母さんって一人で先に行き過ぎることがあるじゃん? 騙されたりしてない?』

「騙されていないから安心しろ」

『含みがあったような気がするけど……まあいいや。でもさ、淡翠も噂の彼女さんが気になるんだよね』

「……帰省に連れてこいと?」

『端的に言えばそうなるかなあ。母さんも父さんもいいよって言ってたし』


 母さんが受け入れ態勢抜群なのはわかりきっていたけど、父さんまでか。

 淡翠もこれだから、月凪を連れて行かない方が問題になりそうだ。


 ……逆に一人で残す方がまずいのか?


「どっちにしても聞いてみてからだからな。来ないって言っても文句言うなよ」

『わかってるってお兄ちゃん。淡翠ちゃん聞き分けがいいタイプだからさ』

「自分で言うな」

『口うるさいと大好きな妹様に嫌われちゃうよ?』

「誰が大好きだ」

『じゃあ嫌い?』

「……時々うざいなとは思う」


 嫌いではないし、家族的に好きなのは認めるが、正直に伝えるのは癪だったためぞんざいな返事をしておく。

 淡翠は「ひどーい!」と言っていたけど無視だ。


『――じゃあ、お盆に会おうねー! 絶対だよ!』


 最後はいつもみたいに元気な声が聞こえて、通話が切れる。


 騒がしいけど、なんか安心するな。


「妹さんとの電話だったんですか?」


 そのタイミングで、近くで聞いていた月凪が尋ねてくる。

 電話中も傍から離れていなかった。


「帰省をどうするかって聞かれてさ。元から帰るつもりではあったんだけど……」

「私をどうするか、ってところですよね。少しだけ聞こえていました」

「そうなんだよ。一応聞くけど、月凪は俺の帰省に着いてくる気はあるか? 個人的には一人で残していくのも心配だけど、無理に着いてきてもらうのも申し訳ないから、本当に月凪が来たければ――」

「行きます。行かせてください。私、行けます」


 ぐい、と距離を詰めてきた月凪が、真剣な表情で口にする。


「わかった。けど、月凪は……その、いいのか?」

「気を遣わせてすみません。私に帰る家はありませんから。少なくとも私は実家を帰るべき場所だとは認識していませんので」


 家族と折りの悪い月凪はお盆も実家に帰ることはないと思っていたが、その通りだったらしい。

 帰る場所ではないと断言してしまうほど、家族に期待をしていないのか。


 けれど、月凪はどこか寂しそうな目をしていた。


 家族とのあれこれを必要としていないわけではないことは、わかっている。

 俺との偽装交際も代償行為と言えば納得できる部分も多い。


「夏休み中の同居は続けるけど……それが終わっても、この部屋にはいつ来てくれていいからさ。合鍵も渡してあるし。役不足かもしれないけど、俺はいつでもおかえりって言うから」


 寂しそうにしている月凪を見るのは、なんとなく嫌だった。

 少しでも気持ちが晴れてくれればと思って伝えたら、月凪も意図を察したのか不自然に硬くなっていた表情が解れる。


「……そうですね。そうさせていただきます。けれど、出来れば私がおかえりと言う側でいたいものですね」

「そういう日もあるだろ、多分。夏の間は俺の番が多そうだけど。月凪は引きこもりだし。朝のランニングくらいは一緒に行かないか?」

「たまにでよければ付き合わせてください。曇りで、あんまり暑くない日がいいです。ただでさえ運動不足なのに体力もないのが相まって、ランニングが終わると汗だくになってしまいますから」


―――

今は声だけ出演の妹、淡翠ちゃんです

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